5話 67億の優しい人
「なーに?」
比奈はそう言う。
「ぼくが見えてるの?」
我ながら意味の分からない聞き方だと思う。
「当たり前だよ〜」
「じゃあ、今何をしてるか当ててみてよ」
手を祈るように合わせてみる。
「手を合わせてるんでしょ? それがどうかしたの?」
やはり、見えてるようだ。ずれているはずのぼくが。
なぜ? もし比奈の言っていることが本当なら、他の人にも見えてるかもしれないという可能性が生まれる。今のうちに解決しておかないと、これからに支障がでる可能性がある。
突然、右腕にねっとりとした感触がした。左手で右腕の方を触ってみる。
本当に嫌な感触。ちらっと右側を見る。
「ひ、比奈?」
「ごめん......ちょっと限界が来てたみたい......」
「え、ど、どういうこと?」
「能力の限界だと......思う。実在しない微生物を作ると、すごく体力が減るの......ちょっといろんなやつを作りすぎたかな......」
なるほど。確かに、血を止めたり、足を切り取ったりくっつけたりと非現実的すぎだった。無茶なことをしたら、限界がくる。そんなところだけが現実的なあたり、皮肉なものだ。
「とりあえず休んどいた方がいいんじゃない?」
「そうしておくね」
そう言って、比奈は休みに行く。
今の様子からしても、現在のぼくが見えてることは確かなようだ。
原因がどうしてもわからない。けれど、比奈だったら大丈夫か。他の人には、ずれているぼくが見えていたようだし。
そういうことにしてぼくは考えるのをやめた。
3時間後、比奈が戻ってきた。
「大丈夫だった?」
「うん」
「今日のところはもうここで隠れていよう」
あのイベントが終わるのを待つことに決める。比奈を待っている間に、宝物というのをマップで初めて確認した。そのマップは比奈を指していた。それが原因で襲われたのだと、やっと分かった。だから、あえて、家から出る必要はない。その方がリスクも少ない。
それから、何事もなく時が流れた。あのイベント開始直後の戦闘のおかげで、ぼくと比奈の強さが明らかとなり、ここらに近づきにくくなったのかもしれない。
グシャ
そんな音が家の前で聞こえる。残酷な音だ。
急いで音のした方に向かう。
そこにあったのは死体。絞られた後の雑巾みたいに、関節がぐちゃぐちゃにねじれていて、それだけでなく、赤、いや、酸素の供給が途絶えた血は黒か。真っ黒に染まっていた。
黒ずんで、使い古したボロ雑巾と呼べれば大したものであるくらいの惨状だった。しかし、その光景に異常性は感じられなかった。こうなることをなぜか知っているからだ。
場所から推測するに、気圧女だったものだろう。しかし、見た目からの判断は不可能だった。
12時か。
生存者はどうなっただろうか。
ぼくはプロフィール画面を確認する。
3億人と少しだった。67億の人類は死んだ。残りの3億人は、人を殺した。ただそれだけの違いが一生を分けたのだ。
そして、改めて思う。そして、呟く。
「人って、思っているよりも優しい人が多いんだね」