46話 分裂
右腹がジュクジュクと痛みながら血を吹きこぼしている。
けれど、倒れるわけには......
あいつをまだ殺れていない。絶対に、あいつを......
強い意志が体を鼓舞したのか、意識をしっかり保ったままいられている。
男は私を攻撃してきた。初見であれを認識できるはずがないのに。
「痛いですね」
男の声だが、そんなに痛がっているようには感じられない。あっちは肩から多量出血で、きっと傷は骨の近くまで届いている。
「ここまできたら、仕方ないですかね。究極奥義を使わせていただきますよ」
男が丁寧に説明しつつ、右手を右目に中二病っぽくあてる。
比奈が男の足元から赤い針状のモノを出現させる。針状と言っても、男を十分に串刺しにできるくらいの大きさだけど。
その針が男に刺さるかという寸前に何かがその針を折った。
「危ないことしてくれんじゃん。殺してやるから待ってな」
吹き飛ばされる前に聞いた話し方と一致する。人格がまた変わったのかな。
でも、余裕がありそうな雰囲気を出していても、傷は消えない。私はこれくらいの傷、耐えてみせる。殺すために。
男は左手をグダっと垂らしている。そこを狙う。
ナイフを男の左手めがけて投げる。もちろん右手に持ってる包丁で男は弾き返そうとしてくる。それは予想済み。
空気抵抗をナイフの進行方向の右側だけ小さくする。すると、ナイフが右に少し曲がり、包丁を避ける。
「全く。色んなこと考えやがるな」
ナイフが風に煽られて地面に叩きつけられる。
......というか男が2人に増えてる。増えてる??
増えてる。
何度も言うけど、増えてる。
出血しているから目が霞んでいるとしても、流石に独立しすぎだし、まぁ増えてるんだよね。
さて、1人で苦戦していたはずが2人に......いや、3人目がいる。本体と、分身1? の影に隠れて縮こまっている。
は? 分身2は凛の上で縮こまっている。
許すまじ。私はまず最初に分身2を殺したくなった。
「さて、用意は整いました」
本体は気取った声音で両手を広げてこちらを迎え撃とうとする様子を指し示す。
きっとカッコつけたいのだろう。さっきからちょいちょいそういうことしてるし。
相手は3人。こっちは1人、と、1人。それで、それぞれが別の能力を使ってくるみたいだけど、本体と、分身2の能力を知らない。
「ねぇ、あなた達の能力、教えてくれない? ハンデ欲しいから」
比奈がいきなり直接的に問いかける。
「そうですね。いいでしょう」
相手は余程自信があるのか、アホなのか、よく分からなくなってきた。
「私の能力は、過去を見る能力です。そして、そこのが、風を作る能力。最後にあそこのが、近づいてくれば来るほど物体が遅くなる能力です」
「そ、ありがと」
比奈は動じる様子を全く見せずに淡々と返し、右手に緑色のボールみたいなものを作り出し、分身2の方に向かってノーモーションで水平に飛ばす。きっと、分身2の能力を試すつもりでしょ。
私は右手にスタンガンを構え、スイッチを押しながら素早く一回転する。
分身1だろうか、私の攻撃を体を大きく逸らしながら避け、右手で地面を支えながらバク転らしき動きをして後退する。
重力がかかっていないのかと思わせる動きだから、風を操る能力を使っているはず。
この動きをされると、スタンガン程度では勝負にならない。
あ、そうだ。
左目の端っこの方に入ってきた光景を見て、一つ良いことを思いついた。
地面の抵抗をゼロに近づけて、分身1から離れるようにして滑っていく。こちらが速度を上げつつ、分身2を中心にして、円を描くように移動すると、分身1はまっすぐに分身2の隣を通過して私に高速で向かってくる。分身1も分身2も同一人物だから、遅くはならないのかな。いや、少し遅くなってるかな。
でも、それも想定済みだよ。
分身1は風を体のまわりに巡らせて、半浮遊状態で飛んできているような感じのはず。となると、移動しながら周りの空気を巻き込んでいく。私が用意していたガスも一緒に。
少し遅くなってたから、空気も能力の影響下にあると考えれば納得がいく。じゃあ、火を点けたらもちろん火は長い間残り続けるはず。
このスタンガン、ゲームが始まってからずっと持ってたけど、そろそろ限界っぽいし、これを使おうかな。
私はスタンガンを地面にたたきつけた。その時に小さく青い火花が飛び散ったのが見え直後に、分身1、2が火の中に消えていった。
よし。これでやっと本来の目的に戻れそうかな。