43話 殺人鬼
吹き飛ばされたが、座席にぶつかったところで僕は止まった。体に穴が空いていないか不安になって殴られたところに手を当ててみるが、激しく発熱しているということは、抉れてはいないらしい。けれど、殴られた辺りが内出血の域を超えるくらい、青くなっているため、きっと血管が潰れているのだろう。
拳の辺りどころがまだ良かったおかげか、まだ立てる。
......立てる?
まさか、いや、間違いない。比奈のおかげだ。ぼくが吹き飛ばされてる間に治療するという離れ技をやってのけたのだろう。
ぼくが見ない2日間で前よりもずっとずっと強くなっている。でも、そんなことをして、比奈の体は大丈夫なのだろうか。前も、無茶なことをしたら血を吐いていたし。
「はぁ、ほんと、みんな死んじまえばいいのにな。人類は不必要な存在でしかないってのに」
一人で男が話している。情緒がどうかしている。
しかし、さっき一瞬見えたとき、手に黒い霧が集まっ手から、それがこちらに飛んでくるように見えた。雰囲気からして、風を出す能力というところだろうが、性格が変わる前とはおそらく能力が違う。
性格が変われば能力が変わる、と仮定するならば、性格とはどこまでが自分の性格なのか、その境目を検証しなければならない。もし、それで能力を変えられるのならば、戦い方に幅が持たせられるはずだ。ぼくからできる限り遠いキャラであるならば、これか。
「いやっ! 頭おかしすぎて怖い~」
ぼくと無縁の存在、それはギャルとか呼ばれる人々だ。
「あ?」
男は困惑しているように見える。
まぁ、当然のことだろう。しかし、もう少し続けてみないと分からない。
「あの男の人、やっば~い」
そろそろ吐き気がしてきた。というか、これだと表面だけのキャラだから意味がないのか。試すにも、心の底から性格を変えないといけないな。
「比奈、しばらくしたらぼくを止めてね」
そう言っておいて、気持ちを比奈を殺そうとした目の前の男に集中させる。
「さっき、死ね、って言ったよなぁ? お前が今すぐ死ね」
僕は右手にナイフを持ち、左手で近くに転がっている死体を持ち上げ、投げると同時に死体の裏で男の死角に隠れるようにして跳ぶ。
男の手が跳ぶ直前に白く光っていた。風を起こす兆候だと直感的に悟ったため、跳んだ。
突如、ぼくが風に押されるようにして、加速する。死体が魔法の絨毯になったみたいに少し滑空し、男の近くで死体から飛び降り、ナイフを突き立て、男の左目に差し込む。ナイフがそのまま脳まで届く、と思ったが目に刺さるとほぼ同時に軽く吹き飛ばされ、元の位置に戻されてしまった。
そこから、追撃をかけようと床を蹴り、男に飛びかかろうとしたところで、
「凛、ストップ」
そう言われた。
ぼくはすぐに正気に戻る。
意外と記憶が残っているし、そこまで狂っていた感じはなかった。しかし、白い光が見えていたから、比奈がいなくなった時と一緒の状態にはなっていたらしい。
制御ができている、というのならそれでいいのだが。
男は左目を閉じ、左手を添えているがその隙間から血が漏れて、腕を伝っている。
「酷いよね......ほんと、みんなすぐに傷つけるんだ......」
何かに気づいたかのように右目を右手で隠しつつ、小さな声で呟く。
男の性格がまた変わったらしい。
そして、一時沈黙が流れる。すると、風の名残だろうか、シューっと音が聞こえてくる。
再び、男が口を開く。
「まったく。酷くやられたものだな。ここまでやれる相手は初めてだ」
男の最初の時の性格だ。
「でも、よく目が能力を使っている場所だって分かったな。偶然か?」
必然であるが、偶然としといた方が何か聞けそうだ。
「教えてくれてありがとう。偶然で能力も見当がつかない」
「まぁ、分かるはずもないか。安心しろ。俺の能力を見せてやるさ」
ラッキーだ。
男はいきなり、比奈を指さし、こう言った。
「その女はこのゲームが始まる前から、殺人鬼だ」