41話 王手
究極奥義を発動した直後、ぼくは気がつくと厨房にいた。相手はこちらを不審げに見ている。比奈の方を見ると同じように不思議そうな顔をしている。
ぼくは床に体をつけて動けなくなっている比奈の手を掴んで半ば無理矢理比奈を厨房から引っ張り出す。幸い相手は何が起きたのかを理解できていないようで、思案しているようだ。逆に言うと、思案していられるほどの余裕があるということだ。
「比奈? 何があったの?」
色々と比奈には聞きたいことがあるが、まず状況把握だ。
「凛? いきなり駆け込んでいったけどどうしたの?」
真奈がファミレスに入ってきた。真奈はぼくからすぐに視線を外し、比奈の方を見ている。
「誰......?」
真奈が困惑するのも仕方ない。本当に二人は似ている。ただ、双子ではないらしい。世界に3人は似ている人がいるというが、実際にそのケースを見るのは初めてだ。
「この子は、昔一緒に行動していた、比奈だよ」
「なんで別れたのさ」
痛いところを突かれた。それはぼくには分からない。それに、比奈に信用されているのかも分からないまま、気づくと究極奥義を発動していたのである。
「それは後々説明するとして、とりあえずあいつを殺すんでしょ?」
話を逸らしつつ、男を観察していると一瞬、その少し奥に黒い霧がかかっているように見えた。
「比奈、後でいろいろ聞くけど、とりあえず共闘っていう形でお願い。後、ぼくの声がそこの真奈に届くのが10秒遅れるから、ぼくがヘルプ出した時に伝えておいて欲しい」
比奈は小さくうなずく。
ぼくは時間のずれを発動する。そして、男の方に、正面に立たないようにしながら進む。能力は分からないが、比奈を追い込めるほどの能力なのだから、警戒するに越したことない。
ファミレスの壁近くをつたって回るように進んでいくと途中で何かを蹴った。目線を落とすと、頭の部分だけが何度も刺された死体があった。少し前を見てみると、同じような死体が転がっていた。
目線を上げると、目の前に包丁が飛んできていることが分かった。即座に手を出して顔を守ろうとするが、間に合わない。すると、包丁の軌道が不自然に曲がり、壁に突き刺さる。
よく分からないが、助かった。男はずっと同じ方を向いている。
比奈たちを見てみると、比奈は右手の少し上にとても細い赤い糸を出して、真奈はスタンガンを取り出している。
男との距離が3メートルほどになったところで、糸を括り付けたナイフを持ち、糸のもう片方を席の背もたれ上方の円弧上の手すりに結ぶ。
男は一向に動こうともしないで、こっちから見て右を向きっぱなしだ。
ぼくは糸のナイフからできるだけ遠いところを掴み、グイっと引っ張る。すると、ナイフが半径3メートルの円弧を描き、男の右半身を切り裂く。
「そこか」
低く重たい声が静かなファミレス内に響く。
は?
ぼくは目を疑った。背後のおぞましい殺気なので、見えてはいないが。
脊髄に直接痛みが走る。まずい。神経を切られたら、本当に勝ち目がない。前に何とか倒れこみ、背中に差し込まれた刃物を何とか抜き、勢いで前回りをして距離を取る。
何なんだ? あいつは。ちらっと先ほど切ったはずの男を見ると、左半身の方に刺し傷があり、きっと心臓に届いている。あの男はダミーだったらしい。
一旦、立て直さないと......
といっても待ってくれるわけもなく、再び、ナイフを振り下ろしてくる。
動こうとするが、さっきので、神経が少しやられたらしく、右足が地面から離れてくれない。
いや、まだ時間のずれを元に戻せば、いる場所を誤解するかもしれない。
ぼくの能力がなぜだか分かっているように男は動いているから。
そう思い、時間のずれを解除する。しかし、状況は好転しなかった。
男はぼくの右足を掴んで、当然こうなるものだったのだというように言う。
「ほら。これで王手だ」