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37話 死

「え......?」


 左手の肘の関節から先の感覚がほとんどない。残っているのは思考力すらかっさらっていきそうなほどの痛みだ。


 ぼくは焦って真奈の手を振り払おうとする。しかし、うまく手を動かせないため逃げられない。もう左手は仕方ないか。

痛みも少しづつ引いてきた。とは言っても死ぬほど痛いことに変わりはないけど。


 リーザの手のひらに見えた魔法陣、あれに手がかりが間違いなくある。しかし、詠唱をするよりも魔法陣の方が効率良さそうに思えるが、それを使わないのには何か理由があるはずだ。


 今の体の状態で行動できる時間は多くは残されていない。しかし、行動するためには真奈から離れる必要がある。

どうすれば......そうか。真奈を殺せば、それで全て解決するじゃないか。

今日のぼくのノルマ分も、そして、リーザから日付が変わるまで逃げきればリーザも死ぬ。完璧だ。

しかも、今の真奈は心ここにあらずな様子でずっとぼくの左手を掴んでいる。


 ぼくは右手にナイフを持ち、真奈に向かって振る。

ナイフがそのまま真奈の体に刺さったという感覚が手に伝わってくる。それと同時に真奈の血がゆっくりと流れてくるのが分かる。


 ナイフを抜こうとした時にチラッと真奈の顔が目に入る。途端にぼくは動けなくなってしまった。


 真奈が比奈に見えて仕方ないのだ。ずっと手を握っていても激しくドキドキすることはなかった。そして、声が比奈とは違う。

そのはずなのに、なぜだか比奈として認識してしまう。

ぼくに比奈を殺すことは絶対に無理だ。たとえ目の前の人が本当の比奈でなかったとしても。


 ぼくはナイフを抜くのをやめた。今抜けば失血死してしまうかもしれない。

しかし、真奈を刺したおかげか左手を掴む力が緩み、ぼくは真奈の手を振り払う。


 ぼくは威嚇するためにボウガンを構える。そして、矢をポケットから取り出そうとする。

ん? 後1本しかない......

どうやら乱射しすぎたらしい。まぁ、拾い集めていただけだから仕方ないか。

後一本分を撃ち終えたらボウガンは捨てていこう。意外と重くて、邪魔でもあったのだ。

ぼくは矢を取りだす。その時、カチャッと何かに当たる音がした。


 もう何もポケットには入ってないはずなんだけどな......

謎に思いつつもポケットの奥まで手を突っ込んで見ると、細長い直方体状のものに手が当たる。

取り出してみると、緑色のライターが出てきた。すごく微妙だ。ライター程度の炎だったらせいぜい火事を起こすくらい......って十分だな。


 ぼくは近くの整備された木のある方に向かおうとする。と見せかけて方向転換し、リーザの方を向く。そして、最後の矢を放つ。


 リーザは手を前に出したが、すぐに戻して普通に避ける。


 リーザの手には魔法陣が描かれていなかった。きっと一度能力を発動すれば消えてしまうのだろう。そうなると、詠唱さえしなければただの少女だ。余裕だな。


「死せる者よ。我が贄となりて、有うべき力を......」


 まずい。ただ、妨害するにも遠距離攻撃する手段がない。これで少しでも近づく時間が稼げれば......

そう思ってぼくは用途のなくなったボウガンを思いっきり投げつける。


 しかし、ボウガンは地面にぶつかり、むなしくザザザッと滑っていく。

あれ? リーザが見当たらない。

ぼくが辺りを見渡そうとした時、真下から拳が飛んでくるのが視界の隅に入る。全身から力が抜けたかのような動きでなんとか回避し、拳が顔前すれすれを飛んでいく。


 きっと詠唱を済ませてしまったのだろう。少女だとは思えないくらい闘気にあふれているのが伝わってくる。

リーザは先程の拳の勢いを緩めることなく腕を回してまっすぐこちらに伸ばしてくる。

咄嗟に右腕でガードするが、右腕に殴られるのとはまた別の痛みが現れる。右腕に刺さっていた矢がさらに深く刺さってしまったみたいだ。けれど、右手はまだ動く。感覚が麻痺してきたのか、体が痛んでいる状態に慣れてしまったのか、なぜだか痛みをすぐに感じなくなった。


 次は右足の蹴りが来る。ぼくの左足なら問題ないな。右手にナイフを取り出し、左足に蹴りを受けつつリーザに向かってナイフを右から左に向かって水平に振る。

すると、リーザは即座に右足を引っ込めて、2ステップ後退する。


 今度はこちらから仕掛ける。

後退した勢いで少し後ろのめりになっているリーザの足元を払うように左足を振る。リーザは左足が当たるギリギリの高さまで跳び、ぼくの左足を踏みつぶそうとしてくる。

踏みつぶされないように左足を加速させて、攻撃を避けつつ、ナイフを地面と水平になるように投げる。

ほぼゼロ距離に近いため、空中にいるリーザに避ける手段はない。


 ナイフはリーザの腹部の右側に刃の部分が見えなくなるまで刺さっており、ぼくに赤い血が飛んでくる。しかし、リーザに痛がる様子はなく、すぐにお腹のナイフを抜く。それと同時に赤い血が多く飛び散る。

その血の大部分がぼくにかかった。リーザは抜いたナイフをこっち向きに構えたまま走って前進してくる。浮気されていたことに気付いた女と同じような持ち方だ。それなら、簡単に避けられる。


 ぼくはリーザとの距離を一定に保ちながら後退し、仕掛けるタイミングを伺う。背後をチラッと見る。

後少し。3歩下がり、4歩目が出ることはなく、噴水の縁に引っかかってぼくは全身に水を被る。

右手がピリピリとする。それと同時に噴水の水が薄っすら赤色に染まる。


 リーザがここぞとばかりに飛びかかってくるが、その奥に見える光景の方が気になる。先程まで立っていた木がいつの間にか消えているのだ。

ただ、その謎を解くまでもない。


 こんな話を聞いたことがある。


 人が1番油断するのはどういう時か。それは勝ちを確信した時だ。


 ぼくはさらにその上を知っている。本当に人が油断するのは勝った時だ。


 ぼくはわざと攻撃を受けるつもりだ。

リーザのナイフがぼくの皮膚に触れる。今だ。


 ぼくは反撃のナイフを振り、ナイフを弾き飛ばしながら、そのままリーザを突き刺す。

噴水の水がさらに赤くなる。


 ナイフが触れたところから血が少しずつ流れ落ちるのを確認するが、正直痛いとも何とも思わない。


 ぼくはプロフィールを確認する。


 ......? 死者数が増えてない?


「死せる者よ。我が贄となりて、有うべき力を顕現せよ」


 前を再び向いてみると、リーザから黒い血がドロドロと流れ出し、辺り一体が真っ黒になる。

そして、その黒い血が迫ってきた瞬間、体に流れる血が吸い取られていくのがわかった。


 その時、どうしようもないという無力感の中、ぼくは死を受け入れた。

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