36話 魔法陣
何が起きたのだろうか。血を流すにしてもなぜ黒いのだろう。しかし、真奈の左手にはまだ脈が正常にある。
状況を少し困惑しつつ分析していると、
「殺せ......殺せ......」
真奈が突然しゃべり始めた。
「壊せ......壊せ......」
ぼくが気を失う前に聞いた声と同じ言葉だ。
突然、真奈がびくっとしたかのような動きをした。そのあと、持久走をした後のような息切れしている声が聞こえた。
「よか......った」
「真奈、大丈夫?」
真奈はゆっくりと左手を前に伸ばし、手をグーパーとする。
「帰ってきた」
「何があったの?」
「誰かの記憶が見えたよ」
ん? ぼくと同じだ。
「真っ白な部屋で、さっき対峙した少女が人を殺してた。その少女は仲が良かったように見えた少年をずっと守っていた。当の少年は植物状態に見えたけど。少年に刃物を押し付けるように持たせて、その上に気絶かな?させた人を置いて生かしてた。そのあとどうなったのかは知らない。気づいたら記憶が終わってた」
きっと少年というのはサーフのことだろう。リーザは完全におかしくなっていたと思ったが、ギリギリ優しさのようなものがほんの少し残っていたように感じられる。
しかし、とりあえず上に出よう。
一度スルーした、ぼくが落ちてきた場所に戻る。
土で穴が埋まっているが、逆に言うと、周りが崩れているということ、ここの土をどければすぐに出れそうだ。
真奈が左手を土につける。
すると、手を伸ばした方向一直線に穴がきれいにできた。ほんと便利な能力だ。土同士の隙間に土を滑り込ませているのだろうか。とりあえず、上手に能力を使っていることだけは分かる。見習うべきところだな。
穴を抜けて、久しぶりに外に出た。ぼくが落ちてきた穴のあたりはクレーターのようになっていた。
「あっちの方にいるよ」
真奈がそう言って左奥の方、ちょうど舗装されてる道の方を指さした。
ずっとフラフラと走り回っていたが、意外と狭い範囲で踊らされていたように感じる。少し癪だ。
ぼくは真奈を引き、リーザがいる方に走って向かう。
すると、公園の入り口近くの噴水のところにリーザがいた。
リーザは噴水を取り囲む縁に座って足をブラブラとしている。その姿はサーフの記憶のようなもので見た頃のリーザの雰囲気とはぴったり合う。
リーザの能力は不可思議なことが起こる、というくらいしか分からない。
ただ、詠唱をすることがトリガーとなっているように見えた。近づくのが得策だろう。
ぼくはリーザの正面を避けつつ、走って近づく。すると、リーザの口が小さく動いているのが見えた。
どういうタイプの攻撃を仕掛けてくるのだろうか。ぼくと真奈はリーザから見ればまだもっと後ろの方にいるはずだ。
ピンポイントで攻撃を仕掛けてくるのであれば、当たることはない。
ビーム的な攻撃の場合、タイミング的に当たってしまうかもしれない。そう考えると、渦巻き状に回りながら距離を詰めていけばその心配は無くなりそうだ。渦巻きに困らされた分、今度はこちらが利用してやろう。
噴水を真ん中に見ながらぼくは一周回りながら段々とリーザとの距離を縮めていく。
もう少しでリーザを射程圏内に捉える、というところで、耳をもぎ取るような音がした。
ぼくは即座に耳を塞ごうとしたが、左手を真奈と繋いだままだったため、左耳だけ上手く塞ぐことができなかった。
大音量でかつ超高音という恐ろしい攻撃を受けてしまった。
耳がやられた為か、平行感覚が無くなったような気がする。まっすぐ立っていることができない。真奈も同じくフラフラとしている。
そのタイミングを狙ってリーザはぼくが持っているのと同じボウガンを取り出し、撃ってくる。
クラクラとしていて、避けられそうにない。仕方ない。
ぼくはその矢を右手で受ける。すると、矢は腕を貫通することはなかったものの、骨に直撃し、骨にヒビが入ったように感じられた。腕全体が火炙りをされているかのような痛みが走っているが、止まっているわけにはいかない。
気づくともう一発飛んできていることに気付いた。
あれ? 二発飛ばしたにしては飛んでくる間隔が短いような......
ザクザクと矢がお腹に刺さったのが分かった。ってなんで2本......?
右腕、お腹から血がドロドロと流れ出し、軽い貧血状態になる。しかも、腕の痛みは先程よりもさらにひどく今にももぎ取れてしまいそうだ。お腹のほうはその腕よりもさらに状況は悪い。
動いていられるかも怪しい。
こんなとき、比奈がいれば......
いや、そうじゃない。ぼくが早く比奈を探しに行かないといけないのだ。
身体的にも、ルール上もこれ以上時間はかけていられない。
昨日、比奈がいなくなったとき、ぼくは間違いなく強くなっていた。判断力は鈍っていたけれど、あの力があればまだ動いていられるかもしれない。
ぼくは比奈が襲われているという状況を思い浮かべる。
その途端、力が溢れてくるような気がした。
「あいつに、もう一発、矢を撃ち込めば倒せそう。まさか、背後から矢が来るとは思ってないでしょ」
ん?
ぼくはいきなり聞こえてきた声に戸惑ったが、真奈を左側に押しやって移動する。
その直後、ぼくがいたところに後ろから矢が飛んできた。
リーザは驚いているように見えた。そうか、10秒前のぼくが見えてるから、貫通しているように見えてるのか。
リーザの口が再び動き出す。
それと同時に両手をこちらに向けてくる。その手のひらには魔法陣らしきものが書かれている。
その直後、ぼくは左手をへし折られるような、というか折られていた。真奈によって。