3話 右足
たくさんの人が襲いかかってきた。狙いは......
「比奈......か」
そう気づいた途端、溢れ出る怒りにぼくは飲まれる。
ぼくは一直線に相手の方に向かっていく。10秒はこういう時すごく大きい。透明人間よりもたちが悪いかもしれない。
相手の体は大きく、筋肉も結構ついているが、刃物にかかれば、全く問題はない。筋繊維がぷつぷつときれるような感触がして、昨日殺したやつから奪った赤いナイフがさらに赤く染まる。そしてそのナイフはそのまま確実に心臓を貫き、生命活動を停止させる。
さらに、別のやつを狩りに向かう。
「凛、ストップ!」
比奈の声だ。何故?
「約束」
その二文字でぼくは一気に冷静さを取り戻す。もう1人殺したら、ぼくが死ぬ。そうしたら、約束が果たせない。
ぼくはピタリと止まり、ナイフを下げる。
しかし、こちらが動くなったからといっても相手は容赦なく襲ってくる。攻撃している方向は見当違いだが。
突如、相手の動きが止まった。比奈の方を見ると、さっきまではなかった矢が現れている。それを相手の1人に向かって、放つ。
弓もなく放ったその矢は全く速度を落とすことなく相手を貫通する。少しの歪みもない円形の穴が心臓があったであろうところに空いていた。相手は立ったまま絶命している。おそらく、射抜かれた途端に絶命し、硬直してしまったのだろう。
「ごめん」
殺人の罪を被らせてしまった。仕方ないことではあるのだが、それでもやはり、心が痛む。
しかし、比奈はまったく動じてないように見える。
まるで......
そこでぼくは一旦考えるのをやめた。やめた方がいい気がしたのだ。
さて、ここからどうしようか。2人とも、すでに1人殺してしまったため、これ以上殺せない。それを分かっている相手も構わず襲ってくるだろう。
突然、ぼくは空気に違和感を覚える。
次の瞬間、急に息苦しくなる。
「どうかしら? この空気は」
恐らく、比奈を狙ってやってきたのだろう。少しおばさんのようだが、きっと30歳になったことを認めないタイプの女が現れる。その女の能力は気圧を下げることだろうか。頭がくらくらする。高山病に近い症状だ。
「あなた邪魔よ」
立ったまま絶命した男に女が触れた途端、その男は跡形もなく弾け飛んだ。
「そこの子はもらうわよ。あなたたちはもう今日は殺せない。そうなった時点で負けなのよ」
女はバカにするように笑う。
「下がってて」
「比奈?」
比奈がぼくと女の間に立っていた。比奈の長い髪がふわりと流れるようになびく。見惚れている余裕はないのに、それでも綺麗だ。
女は容赦なく比奈を襲う。
ドサッ
前方から飛んできたのは比奈の右足だった。