28話 狂乱
気まぐれなんて、そんなわけがない。
そうか。きっとこれも作戦の一環なんだ。
「あ、そこの男の人、この人の能力は10秒ずれた時間の自分を相手に見せる能力だよ」
「な......」
その時確信してしまった。比奈がぼくの味方ではなくなったということ。そして、潔は比奈に殺されたということ。
本当に何があったのだろう。ぼくが弱すぎることに愛想を尽かしたのか? それとも、潔を仲間にしたことがよくなかったのか? 本当に原因が分からない。
しかも、それだけで済めばまだいいのに、比奈は、1対2と言った。
もし、比奈と戦うのならぼくはそのまま殺されてもいいかもしれない。
いいや、比奈とした約束は違う。残りの2人になるまでは、カッコつけることはできない。
比奈が最初に約束って言ってぼくに約束を守らせてきたのだ。きっと、これも何かの意図があるのだ。いつか分かる......分かるはずなんだ......
「え......?」
比奈が微生物の矢を構えていた。
その矢がぼくの右の腰をかすめる。焼けるような、皮膚がただれるような、そんな痛みが走った。体の痛みもすごいが、心の痛みがそれよりも数段上だ。
「じゃあね、凛」
そう言って比奈が去っていく。
「待って......待って......」
その声が比奈に届くことはなく、比奈が視界から完璧に消えたところでぼくは世界が終わった気がした。今すぐに比奈を追いかけることにする。
が、それは叶わなかった。
「俺をスルーできると思ってんのか?」
「ったく。うるさいなぁ......」
ぼくにとって目の前にいる男が邪魔で邪魔で仕方がなかった。別に何をされたかと言えば何もされていないし、恨む筋合いはないのだ。しかし、そんなことがどうでもいいくらいにぼくは今、怒りに全てが染められていた。現在、僕よりも行かれる人間はどこにもいないに決まっている。
前を見ると、うっすらとビルの2階以上が見えた。正確には、何かキラキラ光っているなというのが感じ取れるだけなのだが。
「なーんだ。透明化の能力か」
「なぜ分かる?」
「だって、見えるから」
ぼくは男を殺すために、力を込めて大地を踏みしめる。
ザッ
砂埃が舞うかのような音がして、軽快に走り出す。地面はコンクリートのはずなのだが、ボロボロと崩れて粉状になっている。
「は?」
男は驚きが隠せていないようだ。
透明化されたワイヤーが目の前に見えた。
もう、その戦い方は昔見たよ。
スッとしゃがんでワイヤーを回避しさらに進む。
男は焦ってビルの中に入っていった。
ビルに入られると面倒だ。どこに隠れているのかが見えずらくなる。
ん? というか、比奈を追えばいいのか。あんな男は無視して。そんな考えがよぎったのもつかの間、銃声が聞こえた。幸いそれはぼくに当たらなかったようだが。
やはり、あの男は殺していくか。ぼくの能力も知ってしまったことだし。と、そういえば時間のずれ、潔と話すために解除しっぱなしだったな。まぁ、どうせ能力無効になってるんだったら関係ないか。
ぼくはビルに突入することにした。ちょうどぼくがビルに入ったとき、エレベーターが閉まる音がした。何階に行ったのかが知りたかったが、そこの表示を透明にされていたため、分からないままだ。
このビルは、約30階建て。1階から順番に上っていくしかないのか......
とりあえず、エレベーターを使えなくしておかないといけないか。そうだ。ドアを無理やり開けておけば、エラーが出て、少なくともってそうなる保証がないか。そうするよりも机を積みまくって塞いだほうが確実そうだな。
1階のエレベーター前にとりあえずそこら辺のオフィスデスクを積んで塞いでおいた。
1階から2階に上がる階段には案の定トラップが仕掛けられていた。通ると透明のボウガンの矢が飛んでくる仕掛けのようだ。古典的な仕掛けだ。そこら中が透明化されているせいで、キラキラしていて、目が痛い。
2階を調べてみても時々矢が飛んでくるだけで、何の収穫もなかった。そんなこんなで、27階まで上がってきた。
「お、ついにここまで登ってきたか」
男の声が聞こえる。しかし、キラキラしている中だとどこにいるのか分からない。
「だが、こちらの勝ちだ」
カチッという音がして、左斜め前からまたもや矢が飛んでくる。まわりにオフィスデスクがたくさん置いてあるため動きにくい位置ではあるが、
だから、当たらないっての。ぼくはサラリと受け流すように避ける。すると、またもや、カチッと音がして、先ほどとちょうど逆の位置からボウガンが飛んでくる。
ヒュッヒュッ
と2本分の音が聞こえる。次は4本、その次は8本と徐々に本数が増えていく。まぶしすぎて目がおかしくなりそうだ。
なんで、透明化の敵に対して、まぶしさで苦しんでいるんだ?
「これでフィナーレだな」
ぼくの足元に矢が一気に十数本刺さる。足元がギラギラと光る。
これは......本当の光だな......
爆発する......
そう思った時だった。
頭に聞き慣れた声が響いた。
「凛、ストップ」