23話 詰み
「仲間になってくれない?」
それは唐突な提案だった。
「もし、なってくれるなら、まだ死ななくて済むよ」
もやしにこの言葉は聞こえているのだろうか。
比奈はまだ話し続ける。
「なるか、ならないか、そこで転がってる男を撃つかどうかで決めることにするね。撃ったら、もうあなたは仲間ってことだから、助けてあげるよ」
そう言って、比奈はリーゼントを指さす。
リーゼントは少し前に、倒しておいたのだ。
けれど、殺したわけではない。比奈の能力で、作ったミドリムシを圧縮すれば、最近まで流行っていたバイオエタノールの完成。
それを、10秒前のぼくの位置、リーゼントから見て、ぼくがいるように見えていた位置にバイオエタノールを置いておいて、リーゼントの体内に入れる。それをリーゼントの胃と肺で着火したら、おしまいだ。
我ながら、計算通りだ。もやしに邪魔されなかったのは、もしかすると、もやしはその頃からすでに身体に異常があったからかもしれない。
ボタリ
もやしの右耳が地面に落ちる。
もやしが耳を押さえて、またうめき声をあげる。
「早く。撃つなら撃ちなさい」
なぜ比奈がそこまで、もやしにこだわるのか、ぼくにはわからなかった。
「聞こえてないの? それなら、右耳を戻してあげる」
そう言って、比奈は落ちている右耳を元あったところに近づけ、少しして、くっつけて見せる。
チュン
レーザー光線のような音がした。
いや、ようなではなく、リアルにレーザー光線だったようで、リーゼントの影も形もなくなっている。
「よし、よろしい。それじゃあ、治してあげる」
比奈がこれまた地面に落ちている左目を拾い上げて、もやしの左目も治療する。
「ねぇ、あなた、身体どうなってるの? ボロボロすぎるよ」
そのように比奈が言っていると、
ベチャ
次は左耳が落ちる。
それを急いで比奈が治す。
比奈がもやしの心臓のあたりに右手をくっつける。
「ふぅ。治ったよ」
比奈がもやしから手を離す。ぼくも触れて欲しいという願望は、今は、心の奥に閉まっておこう。
「ありがとうございます。なぜ私を助けてくださったのですか?」
もやしが丁寧に問いかける。
「だって、あなたは強そうだから、使えそうかなって。せっかく治してあげたんだから、働いてもらわないと困るよ」
ぼくは、なんとなくその言葉には嘘が混じっているように感じた。もしかしたら、ぼく以外の人に比奈が頼っていることが嫌なだけかもしれないが。
「それに、歯向かおうとしたら、その瞬間に心臓止めれるようにしてあるからね」
恐らく、先程、もやしの心臓に微生物を仕込んでおいたのだろう。やっぱり抜かりはないんだ......
「了解しました」
従順なやつだ。
一度状況を整理しよう。
まだ、残りの敵は3人。比奈とぼくとを合わせて、2人は殺せたとして、もう1人の処分に困るところだ。もやしと、リーゼントのように、身内同士でうまく殺させることができれば1番美味しいのだが。
そうだ。今はもやしがいるのだ。もやしを利用して、一つある疑問も解消しつつ、相手を減らせる方法を思いついたかもしれない。
とりあえず、相手を探そう。ぼくが思うに、敵のボスらしきやつは、1号車にいると思う。一応、電車の操縦も時々しているはずだからだ。
「1号車の方に行こうか。と、その前にもやし、一つ聞きたいことがある。お前、今日でこの殺し合いが始まって何日だ?」
「もやしとはひどい呼び名ですね。それはいいとして、5日目ですよ」
やっぱりか。
「じゃあ、お前の能力は何だ? 詳しく教えてくれ」
「私の能力ですか? なぜ答える必要があるのですか?」
「ねぇ、治療やめようか? 心臓潰そうか?」
比奈がサポートしてくれる。
「分かりました。言います。過去の偉人であったり、何かの点で特殊なレベルにまで達した人を一時的に自分に一部転生させる能力です」
「じゃあ、今の状況はどういうことでなってるんだ?」
「最終奥義みたいなのを危なそうなので使いました。なんでも、地球の歴史が終わる時の人類になるんだとかで、その結果が今に至ります」
そうか。だから、ラストヒストリーなんて痛いこと言ってたのか。歴史が終わる前に、もやし自身が終わりそうだったけどな。
「よし、大体は把握した。それじゃあ、行こうか。1号車に」
ゆっくりと、後ろも警戒しつつ、1号車まで進んでいく。
道中、何体か死体が転がっていた。全て、少し黒くなっていたが、黒い塊になっているものは無かった。
そういえば、最近、黒い塊を見ていないような気がするな。
そんなに時間もかからずに、1号車の手前まで来た。
1号車の奥の方に後ろを向いている男がいた。これといった特徴はないが、強いて言うなら、なんか強そうだということくらいだ。
これ、1号車に入った途端に振り向きそうだ。そうであれば、いつかやったゲームのラスボスの登場シーンと似ているかもしれない。
「ねぇ、あなた、最初に入って」
比奈が、もやしを実験台にしようとしているようだ。
「え......」
「ね?」
比奈がダークな笑みを、戸惑うもやしに向けつつ、さらに、もやしの胸のあたりを指差す。
「りょ......了解しました」
もやしが渋々1号車に入る。
「転生、お前、負けたのに生きてるのな」
1号車の奥にいる男が、もやしに話しかけた。まだ、振り向かない。
「あなた、打ちなさい」
比奈が命令を出す。
もやしが、左手に持った銃を奥にいる男に向かって構える。
「お、打ってみろよ。死にたいんならな」
ぼくは、もやしが死ぬのは別に構わない。それよりも、片手であの火力のものが打てるのかが気になった。打った時の反動に耐えられるのだろうかということがだ。
チュイン
そのレーザー光線は、狙っていた場所より、少し下を打ったようだ。しかし、レーザーは相手の胃の少し下のあたりを貫通したようだ。普通なら上に外すと思うのだが。
「なぜ、今まで隠していた? 俺はそんなの見たことなかったんだがな」
「ねぇ、凛」
比奈がぼくにだけ聞こえる声で話しかけてくる。
「どうしたの?」
「レーザーの人の立ってるところの床にナイフ投げて」
なぜだかよく分からないけど、言う通りに投げてみる。
ナイフがサクッと床に刺さる。しかし、何も起きない。
「ほう。分かってるようだな」
奥の男が言う。
ん? そういえば......あいつはさっき、レーザーに当たったはずだが。なぜだ? なぜ生きてる?
「さて、まず手始めに、転生、お前を殺してやろう。裏切った当然の報いとしてだ」
静かにもやしの足に何かがまとわりついていくのがみえた。
何がまとわりついているのか、じっと見てみると、床から細い金属の紐のようなものが出ていた。
「くそっ。あのアマ許さん」
また、もやしの語気が荒くなった。
もやしが金属の紐をグイッと足を引き上げて、ちぎる。
しかし、ちぎれた紐は再びくっついて、もやしに絡みつく。
そして、その紐が急激に光り始めた。眩しくて、ぼくは目を右腕で覆った。
バリバリバリ
稲妻が落ちたかのような音がして、その後に、
ドサッ
という音と、
ベチャ
という音が聞こえた。
目を開けると、状況は最悪だった。
もやしは、身体の部分部分が黒くなっている状態で倒れてピクリとも動かない。
それよりも悪いことに、比奈が血を吐いて、左膝を着いている。
「これで、正味3対1だ。さて、後は君をリンチしてしまうだけだ。残念だったな」
後ろから、ぼくよりも年上に見える女が出てくる。この言い方だと三十路くらいに聞こえてしまうが、恐らく20代前半だろう。今まで、仕事していたかのように、彼女の服は整っている。
なんとなく近づかれてはいけないような気がするので、男と、女両方ともに警戒しながら、2人のちょうど間くらいまで移動してくる。
女の方を見ると、ぼくがいた所に、もやしに絡みついていたのとおんなじような紐が出てきていた。
紐がぼくにもしぶつかってしまったら、相手は違和感を覚え、ぼくの能力を察してしまうかもしれない。
そうなる前に、あの女を倒しにいかねば。
そう思ったその時。
不意に視界から、女が消えた。何が起きた?
動こうとすると、足元でニチャという音がした。
何が起きた?
「3対1って言ったか? 違うな。2対3だ」
声のする方を見ると、そこには潔が立っていた。