21話 最終奥義
「逃げて!」
そう言って、とっさにぼくは比奈の腕を掴んで、5号車に逃げ込む。
その直後、一瞬にして6号車に火が広がる。
ぼくは振り返って、6号車の様子を確認する。
「潔!?」
恐らく火が直撃してしまっている。
「別にそこまでのダメージは負ってないから大丈夫だ」
潔から返事が返ってきた。
たしかに、火を浴びたにしてはなんともなさそうだ。
ぼくは潔のさらに奥の方を見て、その理由を理解する。そして、そのことに安堵より恐怖を覚える。リーゼントが、潔にあたる予定だった火を全て受けて、あろうことかその火を取り込んだようなのだ。
火の発生源から同心円状に火が広がっているが、リーゼントの立っている側で、リーゼントより遠いところだけ、火が切れている。まるでモーセの伝説のようだ。
そして何よりも、リーゼントには火がついているのだ。背中が特に。しかし、火がついているというよりは火をつけていると呼ぶべきだと思った。
リーゼントが突然後ろに下がった。今の今まで下がることをしてこなかったため、それがとても意外だった。
そして、何をするのかと思えば、こちら側に突進してきた。やはりアホなのか?こいつは。
案の定、潔の能力に弾かれた。と思ったら、リーゼントから、急に炎がこちら側に飛んでくる。
潔は、なんとか炎を右側に避ける。が、その時だった。
パリーン
と窓が割れる音がして、それとほぼ同時に潔が倒れる。
右頬に少し、ねっとりとした感触がした。比奈との最初の戦闘後の時と同じ感触だ。
とにかく、状況把握だ。
潔を攻撃したのは、間違いなく......もやしだ。
両手に刀を持って、潔のすぐ近くに立っている。先程戦った時と違って、二刀流になっている。
完璧にしてやられた。ずっと、リーゼントの動向に目を向けていて、いつの間にかいなくなっていたことに気づかずにいた。
もやしは、全てを計算して動いているように感じられてしまう。
戦闘能力、脳の処理、リーチの長さ、全て見えているかのような勘。どれを取ってみても、勝ちの要素が見当たらない。
ぼくの武器にする予定だった、気化した灯油を刀を打ちつけた火花で燃やして、その間に電車の上に回る。リーゼントの能力を計算に入れて、潔の能力の一瞬の隙ができるまでこちら側に意識させることなく潜む。余りにも完璧な計算だ。まるで、未来が見えて動いてるかのように。
その一方で、リーゼント。こちらもこちらで謎だらけだ。
頭は残念な感じだが、タイマンで勝てるような相手ではない。
潔が倒れたことで状況はさらに深刻化した。
今まで潔のおかげで抑えられていたが、リーゼントを止めるものがなくなってしまった今、手詰まりと呼ぶしかない。けれど、比奈を殺させるわけにはいかない。
「凛、悩みすぎないで。私がついてるから」
比奈が優しく声をかけてくれた。そのおかげでぼくの頭が軽くリフレッシュされる。まだ、2対2じゃないか。比奈の能力は、圧倒的に強いものなのだ。たとえ、潔が倒れてるとはいえ、今まで2人で乗り越えてきたのだ。
最後の敵が早めに倒れただけ。ただそれだけで、何を動揺していたのだろう。
こちら側の武器は、比奈の多彩な微生物。今回、ぼくの能力はなぜか綺麗に読まれている感じがするため、あまり期待しないでおこう。
勝機を見出す、最良の策を見つけるんだ。しかも、ぼくらの手で殺さずに戦闘不能にする方法を。スタッフが5人だから、確実に2人、いや、3人は殺さずにおいておかなければならない。
「比奈。微生物って、しょぼいやつなら、たくさん出せる?」
「あー。うん。出せるよ。ミドリムシあたりでいい?」
「十分すぎるよ。いや、むしろ完璧」
比奈に手短に作戦を伝えて、行動を開始する。
リーゼントがいきなり突進してくる。まず、こいつを処分しよう。比奈もぼくも横によける。
簡単に避けれてしまった。やはり、ばかだ。
そのタイミングで横から脇腹をナイフでぶっ刺そうとしてみる。
ガン
人間ではありえないような音が鳴った。そして、こちら側のナイフがボロボロと崩れ落ちた。ぼくの右手は弾き返され、危うくバランスを崩しかけた。
やっぱりか......
ぼくは一つの確信を持った。
通り過ぎていったリーゼントがこちら側を向く。
「比奈、計画通りにリーゼントを頼んだよ」
「分かった」
比奈と背中合わせに立ち、ぼくはもやしと対峙する。
こちらの計画を悟られないようにもやしをうまく誘導することが今回の目標だ。
そして、何を頼りにしてぼくの位置を正確に把握しているのか。
とにかく、戦ってみるのみだ。
ぼくは、とりあえず真っ直ぐもやしの方に向かっていくことにした。すると、もやしは刀を構える。
居合の構えだ。
もやしは、すでにぼくが動き出していることを把握して、構えてるのだろうか。
一旦、間合いに入る手前で止まってみる。
やはり、もやしは刀を振らない。
そういえば居合は、こちらから近づかなければ問題ないとなにかで聞いたことがあるような気がしなくもない。
もやしとぼくはしばらくそのままの状態でフリーズした。
不意にもやしが動いた。足がほぼ浮いていないように見えるのに、すごい速度でこちら側に寄ってきながら刀を振ってくる。
ぼくは急いで後退する。
お腹のあたりにチクりとした痛みがする。
大丈夫。かすり傷だ。
なぜ最初から間合いを詰めなかったのだろう。そうか。居合の精度が下がるからか。なんとも簡単なことだった。
居合を回避するのは常人であるぼくには無理なことのはずだ。
今だ。ふいにぼくはそう思った。もやしに隙があるように見えたからだ。どこか心ここにあらずとなっているように見えた。
ぼくは、左手で吊革を掴み、思いっきり引っ張った反動で、体勢を立て直しつつもやしに向かって一気に加速する。
よし、これでいける。
ぼくはナイフで、もやしのお腹を右斜め上から、左斜め下にかけて切り裂く。
もやしの血がぼくの体にべったりとついた。
そして、もやしは自立する力を失ったようだ。もやしが地に伏せるかと思ったその時、
ドン
重厚な音が電車中鳴り響き、右足に激痛が走った。右足から血がドクドクと流れ、立っていられなくなった。
右足を前にぼくは肩膝立ちする状態になった。
前を見るともやしが猟銃を持って倒れていた。
「いたたた。でも、ぼくの勝ちだ」
比奈の方の加勢に行こう。
「比奈。手伝うよ!」
比奈はリーゼントの攻撃を微生物を壁にするようにして、防いでいる。
「凛、後ろ!」
後ろを見ると、もやしが光輝いていた。大量の人が転移してきたときと同じような光だ。
光が止むと、そこにもやしはいなかった。
「最終転生」
いや、そこにいたのは、もやしだったが、もやしではなくなっていた。
「ラストヒストリー」