15話 雨の日
「全部で」
売り言葉に買い言葉とはまさにこのことだ。正直言って殺すよりは気絶させて誰かに殺させてからそいつを殺せばいいかと思っている。
能力は、ヒモを操る能力......では無さそうだ。あからさますぎるのだ。
「君の能力は、ヒモを操る能力じゃないよね?」
少し遅れて彼女が言う。
「ご名答だね。それに、全部で、なんて言ってくれた人は初めてだよ。ご褒美に本当の能力を教えてあげるよ。プロフィール画面を見せてあげれば安心でしょう?」
そう言って彼女はプロフィール画面を見せてくれる。
能力は物を固定すること。固定されたものは絶対に動かない。その結果、何よりも硬い壁や、なんでも切る糸ができたりするとのことだ。
「じゃあ、はじめましょう」
彼女はそう言った。
ぼくより先に比奈が動き出す。弓矢が現れ、微生物の矢を放つ。
彼女は右手をその矢に向ける。すると、矢が少しずつその一部を地面に落としながら、彼女に届くよりも先に消えてしまった。
「危ない危ない」
そう言って彼女は紙をばら撒き出す。彼女はばら撒いた紙のうちの一つに飛び乗り、次々に飛び乗っては紙をばらまいて、さらに高くへ登っていく。
「ここからの狙撃を避けられるかな?」
そう言って銃を構えてくる。しかし、その声はほとんど聞こえない。なぜなら、微動だにしない紙がたくさんぼくと彼女の間にあるからだ。まったく動かない物体は音も通さない。
狙撃と言われてもどこにいるかが定かでない。
そうだ。直接彼女が登ったところを登っていけばいいのだ。
彼女の作った紙の足場を走って登っていく。
タッタッタッ
と軽快な足音が鳴る。紙なのに、陸上のトラックを走っているような不思議な感覚だ。
「あらあら。登ってくるなんて誘われたまんまじゃない」
後ろの方で紙がハラハラと落ちている。
あ、そうか。10秒前のぼくの姿を見て動いているから、反応が遅いのか。それなら、嘘の能力を信じこませよう。今度こそ。
「どう? 浮遊してる人は見たことないでしょ? 読みを読まれた気分は?」
そんなことを言いながら、さらに登っていく。
ぼくの声が聞こえるのと、ぼくに攻撃されるのとどっちが早いだろうか。
まぁ、ぼくの攻撃だろうけどねっ。
彼女の右肩を手首のスナップを利かせて手の甲で打つ。漫才のツッコミを攻撃バージョンにしました、みたいな動きだ。
彼女はバランスを崩して、そのまま地面に落ちていく。
「あれ? 今何に押されたの?」
突然、ぼくの足元が柔らかくなる。紙の固定を外されたのか。そんなによろしくないな。
そのままぼくも落ちていく。落ちていく途中で近くに家があることに気づいた。そこの家を破壊しながら落ちていけば、少しくらいダメージを軽減出来るだろう。
できる限り体制を整えて、よしっこんな感じで着地だ。
バキッ
そんな音がした。屋根を破壊した音かと思った。しかし、その音は屋根が左足を破壊した音だとすぐ分かった。ぼくの周り一体に均等に血が飛び散っている。しかし、痛みはない。恐らく、神経が働かなくなったのだろう。そんなわけでもちろん、左足は動かない。
「なーんだ。浮遊はやっぱりそんな長くは出来ないんだ。屋根を固定しておいたから。ダメージを減らそうとしたみたいだけど残念だったわね」
図られた......
それよりも、このままだと失血死してしまう。あ、でも今死ねば、比奈は今日あいつに殺されないのか。
いや、違う違う。ぼくは比奈に殺されるのだ。他の人にやられるつもりはない。
さて、どうしようか。布系統がとりあえず欲しい。止血せねば......
彼女もそんなに長く能力は使わないだろう。
そう思って、屋根を勢いよく叩くと、屋根に穴が空いて、中に入ることができた。
二階なら寝室があるというのは正解なようだ。そこら辺の服やらシーツやらを取って、左足に巻きつける。シーツにはすでにこびりついた血がついていたが、こうしておくだけで血が流れ出る量はぐっと減るだろう。しかし、今見るとひどい惨状である。歩くこともままならない。けれど、右足さえあれば、移動できないことはない。
とりあえず駆けつけないと......駆けることはできないけれど。
家から出た。そこで目の当たりにしたのは、先ほどと比べ物にならないくらい、激しい戦いだった。
比奈がぼくに気づいた。
「来ないで」
「なん......」
その言葉は途中で止めざるをえなかった。
「今日は雨の日、ナイフの日」
そんなことを女が呟く。
その光景をぼくはただ見ていることしかできなかった。