1話 70億分の1
声が聞こえる。信じてはいけない、優しい声が。
ぼくは、夜咲凛。
ごく平和な生活を送っていた高校二年生......だった。
遡ること数刻。なにもなくつまらない下校中のこと、謎の声が頭の中でいきなり響いた。
「これから、この星で選抜を開始する。君には能力を一つ与えよう。では、ルールを説明しよう」
聞きたいことがたくさんあったけれど、聞き返すことはできなかった。
「ルールは簡単。1日に1人だけ殺すこと。2人殺しても、誰も殺さなくても、アウトだから、その場合は君自身が死ぬ」
なぜかはわからないが、殺され方がありありと思い浮かべられた。
そして、声はそれ以降聞こえなかった。
人を殺せ、で殺さなかったら死ぬ? そんな理不尽な話があってたまるものか。まったくもって理解不能だ。誰が信じるのだろう......しかし、意味も分からないまま、やらないと殺されるという気持ちだけがどうしようもなく溢れてくる。やらないと。
と、その前に与えられた能力はなんだろう......
そんなことを思っていると、遠くない場所から狂ったような叫び声が聞こえてきた。その声は、ただ頭がおかしい、というだけの叫び声ではないことは分かった。何をやっているのか、少し見にいこう。
ぼくは叫び声のする方に歩いていく。
叫んでいる本人が見つかったところでぼくは戦うことを決めた。
そいつがぼくの数少ない知り合いを襲っていることが分かったからだ。体は強い方ではないが、みぞおちを攻撃すればきっと大きなダメージを与えられるはずだ。ぐっと拳を引いて、体重を乗せて拳を前に突き出す。
小さくうめき声が聞こえた。
「てめえ誰だ?」
なぜか少しずれた場所を見ている。視界がぼやけるほど痛いのだろうか。
そんなことを冷静に判断している間に、
「死ねえええええ!」
相手は見当違いの方にナイフを振るっていた。
と、次の瞬間こちらを見て、襲いかかってくる。視界が戻ったのだろうか。
ぼくは再び動いて、先ほどと同じところを殴った。
すると、突如、相手は別の方向に走っていった。相手の向かう先にはぼくの知り合いがいた。その瞬間だった。
許さない。
その感情がぼくの全てを飲み込んだ。
そして、気づいた時にはぼくは汚れていた。近くには先ほどまで叫び声をあげていた奴が転がっていた。そして、ぼくの右手には血まみれになったナイフが握られていた。
ぼくは近くで腰を抜かしたような状態でいる知り合いに話しかける。
「大丈夫?」
しばらくして返答が返ってきた。
「うん」
「よかった......というか、何も知らないの?」
きっとあいつは生き残るために殺そうとしたのだろう。しかし、それは比奈にとっても同じはず。
またしばらくの沈黙のあと、
「知らない」
と返ってきた。言葉数が少ないのは、仕方ない。そのおとなしい感じも好きなのだ。彼女のためならぼくは......
彼女の名前は、左見月比奈。比奈とは学校での友達で、そこそこ長い付き合いのはずである。ぼくの人生にとっては。名前の通り、月のようにキレイで、それでいて優しい。特に好きなのは、美しく透き通った声だ。他にもいろいろあげられるけれど、そうするとキリがないくらいぼくは彼女が好きだ。
「とりあえずぼくの家に来て。この世界は危ない」
さっきのやつの感じからするに殺人鬼が他にも潜んでいる可能性がある。
比奈が立ち上がるのを支えるべくぼくは左手を伸ばした。
けれど、彼女はぼくの手を取らなかった。
「歩けるから大丈夫」
そういう問題じゃない気もする。
なんで、手を取ってくれなかったのだろうか。そのときぼくは自分の手がちらりと目に入る。
そうか、手が汚れて......
ふと我に返ると、自分の家の玄関の天井が見えた。
そうか、さっき意識を失って......
自分の手を見てみると少し黒ずんでいる。そっか。本当に殺してしまったのか。先ほどのは夢ではなかったらしい。そういえば、あんな殴り方覚えた記憶がない。それに、こんなに冷静に判断する能力あったっけ?
なんとなく、ゴロリと寝返りを打つ。
「ひゃうっ!?」
驚いて、再び寝返りを打つ。ぼくの家のはずなのに、なぜか比奈が隣で座っている。
「起きた?」
「運んでくれたのかな? ありがとう」
比奈って人運べるほど力あるのか......一応ぼくも男のはずなのに......
しかし、そんなことを考えるより、平常心を保つ方がよっぽど大変だ。近くに比奈がいるだけなのだがドキドキする。
ふと、ぼくは何かを思い出したかのように、左手首を右の人差し指で撫でる。
すると、ゲームのプロフィール画面のようなものが現れた。そこには、ルール、能力、クリア後の説明、そして、殺した数、現在の生存者数が書かれてあった。
なんだこれ。なんかのゲームの画面みたいだ。なぜこんなものが出てきたのかはよく分からない。
ふと、壁に寄りかかるように立っている時計を見ると、11時59分だった。
時計が12時を告げる鐘を鳴らす。
『1日に1人だけ殺すこと。2人殺しても、誰も殺さなくても、アウトだから、その場合は君自身が死ぬ』
気になってしまった。もし、これが本当なら......
ぼくは生存者数の欄を見た。
「嘘......だろ?」
さっきより、98000人ほど減っている。
生存者数の欄のすぐ隣にあるルールが目に入る。
生き残れるのは1人だけ。他人を全て抹殺しないと、君が死ぬよ。
そう書いてあるのを見たところで、悟った。
比奈と一緒に生き残れないのか、と。
「ね、ねぇ......なにこれ。1日につき1人殺せって」
今になって、比奈にもこの地獄が知らされたようだ。
そして、たった今決めた。
「比奈」
比奈がこちらをゆっくりと向く。
その動きと重なるかのようにぼくは深呼吸をする。
「ぼくを殺して」
読んでくれてる人がいたら嬉しいかな。面白いとか言われたらすごくがんばれます!今後もどうぞよろしくお願いします。