三日目
二日後。
馬車は順調に北シグルスに入り、北上していた。
北シグルスは首都があるということもあり、街道も整備がしっかり行き届いていた。そのため馬車もあまり揺れることなく、快適な旅だったと思う。
一行は首都の手前で、林の奥にある小屋へたどり着いた。
「ここは?」
「俺たち組織の寝ぐらだ。今は誰も使っていないから安心しろ」
林の奥にかまえたその小屋はあまり手入れをしていないのか壁にツタが這い、周囲は雑草が生い茂っていた。
外から見ただけでもわかるほど小さく、四人で寝るのがせいぜいといったサイズ感だ。
警戒心たっぷりの三人をよそに、ジャックは鍵を取り出してドアを開けた。
たしかにしばらく使われていないのか、窓から夕陽がさしこんで埃がキラキラと舞うのが見えた。
狭いワンルームの小屋に家具は小さなベッドとテーブルが一つずつと、椅子が二つあるだけ。
「なぜここに?」
「首都手前で野宿するのはまずいだろう。人目は避けられそうもない」
「……」
たしかに、首都に向かうにつれて交通量も多くなってきていて、自分たちもたくさんの馬車とすれ違った。
こんなところで宿もとらずに野宿なんかしたら、逆に目立ってしまうだろう。
しかし、だからと言ってここが安全かと言われれば、そんなことはない。
外とは違って、狭い小屋の中。ジャックが万が一ここに仲間を呼び集めていたら、自分たちは一網打尽だ。
うーんと迷っていると、ミサキとマリアがクリンの肩を交互に叩いた。
「私はかまいません。クリンさんも、たまにはしっかり寝てください」
「そうよ、パパ。娘の術を信じなさい」
「……」
ここ数日間、無理して夜中の見張りをしていたことが仲間にバレてしまっていたようだ。
できればスマートにやり過ごしたかったが、人間は睡魔には勝てない。
何かがあればマリアが術で守ってくれると信じて、クリンは言葉に甘えることにした。
まずいことになってるぞ、とジャックが切り出したのはその日の夜。
首都へ一人、馬を走らせて必要な物を購入してきてくれたジャックは、小屋に戻るなりテーブルの上で新聞を広げた。
記事は、数日前の生物兵器の件だった。
政府管轄の研究施設から突然現れた巨体な人型の生き物が、大都市を暴れ回り多くの人の命を奪ったこと。
生物兵器の開発など何も知らされていなかった民が政府へ事実確認を求めても、政府はかたくなに「調査中」の一点張りである。そのせいで政府への不信感が募っているそうだ。
「問題なのは、次の記事だ」
ジャックはやや冷めた眼差しで、次の記事を指さした。
『現場に現れたミランシャ皇女! 研究との関連は!?』
その見出しの後には、ミサキが現場で名乗りをあげたことや、「たしかに彼女の面影そっくりだった」といった現場にいた人へのインタビューが記載されていた。
帝国側から死んだと告げられていたはずのミランシャ皇女がなぜその場にいたのか、どこへ消えてしまったのかは政府にもわかっておらず、政府は生物兵器暴走の重要参考人であるとして、皇女を指名手配すると発表し、彼女に懸賞金がかけられることになった。
それに対し、帝国側がどういった対応するのかはまだ不明である、といった記事だった。
「懸賞金だとよ」
「二億五千万ベラー!?」
豪邸を二つ建ててもお釣りがくる金額である。クリンは頭を殴られたかのようなショックを受けた。
「大統領は本気で皇女にお目にかかりたいらしい。良かったな、人気者じゃないか」
ジャックが挑発的に笑うのを、ミサキはただ青い顔で聞いていた。
数日間、ジャックのミサキに対する態度はずっとこんな感じである。
マリアとの約束の手前、あまり露骨なことはしなかったが、言葉を交わせば端々に感じさせるトゲ。
ミサキは淡々と受け流してはいたが、そうとうストレスがたまっているはずだ。
「これは……いよいよ気が抜けなくなった」
もしかしたら道中、馬車の窓からミサキの姿を誰かに見られていたかもしれない。
いつでも逃げられるように警戒値を最大限まであげたほうがよさそうだ。
「それにしても、あたしやセナのことは載ってないんだね」
深刻なムードの中、マリアの声が落とされる。
たしかに、記事には生物兵器とミランシャ皇女のことしか載っていないようだ。
「シグルスからしてみれば、人々を助けようとした聖女様のことなど載せられないのだろう。聖女様のあの強い光のことでさえ、シグルス兵が兵器の暴走を止めた際に起こったことと処理されたらしい」
「……」
それはその通りだろうな、と、あの時に吐き捨てられた「化物ども」という言葉が頭をよぎって、クリンは冷笑を浮かべた。
だが、マリアはそれを前向きにとらえたようだ。
「そっか! 聖女に対してマイナスイメージな記事が載ってなくて良かったわ。ミサキのこともさ、おおかた予想してた通りじゃない? 今さらよ、今さら」
ね、と言って、マリアはミサキの肩をポンッと叩いた。
ミサキは「うん」と笑って返していたが、ふと新聞のほうに視線を落とせば、その瞳には暗い影ができる。
クリンはそれに気がつきながらも、かけてやれる言葉は見つからなかった。
そうして一行は十分な警戒態勢をとりつつ、交代で就寝することにした。




