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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第十二話 南シグルス
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聖女の職業体験


 資本主義国家シグルスはまだまだ経済成長真っ只中であり、労働力が足りずネコの手も借りたい状況である。

 そのため職業斡旋所では、正規雇用のみならず短期雇用や日雇いの仕事も豊富に用意されていた。その職種も様々で、()り取り見取りである。



「旅人向けのプランもあるのか。セナ、工事現場とか向いてそうだな。港で積荷をおろす作業っていうのもあるみたいだ」

「なんでもいいよ俺は」

「ねえねえミサキ。工場でドレスの制作なんてあるよ。ミサキ器用だし、向いてるんじゃない?」

「へえ、楽しそうね」



 最初は戸惑っていた女子二人も、求人情報雑誌をめくるたびに目をキラキラさせ始めた。

 ただ、クリンにはひとつだけ気がかりなことがあった。



「マリアはペンダントがあると雇ってもらえないかもしれないな。服の下に隠したほうがよさそうだ」

「……クリン、しつこい」

「だって聖女が労働して金銭を授受してるって、教会にバレたらマズいんじゃないか?」

「う」

「いやならいいんだ。そのかわりマリアはお留守番だな」

「うー。いじわる」



 クリンの説得に根負けしたのか、「これも巡礼のため……」と、渋々、本当に渋々マリアはペンダントを洋服の下に隠した。

 これで彼女の身は守られたわけである。しめしめ、と内心ほくそ笑んでいると、すっかりお見通しと言わんばかりにミサキが微笑みの裏で目配せをしてきた。


 こうしてクリンは本屋で書籍整理の仕事を、セナは土地開発区域の工事現場へ、ミサキとマリアは念のためセナの現場近くで食堂の仕事を勤めることになった。


 



 食堂は目が回るほどの忙しさだった。

 土地開発の一等地にある食堂のため、現場で働く者や開発関係の人間など、様々な人がひっきりなしに出入りしているのだ。建設業者によって休憩時間が違うため、息をつく隙もない。


 ミサキとマリアは見目の良さから厨房ではなく給仕のほうを担当することになった。

 ミサキは持ち前の要領の良さと十七という年齢もあってすぐに仕事内容に溶け込むことができたが、十四年間、聖女の勉強しかしてこなかったマリアはなかなか仕事に慣れず、失敗してばかりだった。

 だが日雇いの人間に慣れているのか店主はさほど気にする様子でもなく、根気強く指導してくれたおかげで、マリアも仕事が終わる頃にはやっと笑顔を見せられるほどの余裕を身につけていた。


 マリアは仕事中、今までにない様々な経験を得た。


 幅広い年齢層とのコミュニケーション。

 ともに働く仲間との連携プレイ。

 相手の機微を先回りして読むことの重要さ。

 成功して褒めてもらった時の達成感。

 人から直接もらう感謝の言葉。


 表現しきれないほどの小さな小さな発見の数々は、聖女として生きることしか許されなかった自分にとって、新鮮……否、‘衝撃’の一言に尽きた。


 労働して対価を得る。

 それはおそらく彼女にとって、今後得られることのない貴重な経験であったと言える。


 賃金を受け取った時の感慨深そうなマリアの表情を見て、ミサキはクリンに感謝した。

 旅のパンフレットを眺めながら「マリアに楽しんでもらいたい」と言っていた自分の要望を、彼なりの方法で叶えてくれたのだ。

 そしてそれは観光で得られるような思い出などではなく、マリアの人生に刻まれるほどの大きな経験を与えてくれた。





 さすが経済成長期の国、賃金は思っていたよりも懐具合を潤した。

 物価が上がりきる前の現在、他の街でもこの調子でやっていけばシグルス縦断には問題なさそうである。


 



「おおおお、これが鉄道かー!」

「すごいな。線路がずーっと続いてる。セナ、競争しちゃだめだぞ」

「したい。全力で勝負したい」

「それはそれで楽しそ……いやいやダメだろ」



 いよいよ鉄道を利用することになり、乗り場で大はしゃぎする少年二人。

 その浮かれっぷりに、マリアが「他のお客さんの迷惑になるでしょ」、と何度注意したかわからないほどだ。

 やがて停留所に蒸気機関車が到着した時の興奮っぷりと言ったらもう……。女子二人は諦めて、そっと距離を置いたのだった。


 鉄道の切符売り場では、やはり聖女とわかるなり渋い顔をされてしまったが、一般客として代価を払うと言えば手のひらを返したかのような対応をされた。

 クリンとミサキはマリアを不憫に思ったが、当の本人はケロッとしており、それよりも‘駅弁’を食べる喜びのほうがウエイトを占めていた様子だった。

 自身の労働で得たお金で、初めて購入した‘駅弁’。それを頬張った時マリアは少し泣きそうになっていて、セナが「まーた泣いてる」と茶化していたのを、クリンとミサキが温かい目で見守っていた。


 シグルスの旅は、このようにして数日間続いた。




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