表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第十一話 不穏な足音
76/327

誓い


 そこからリストラル地方に戻りいくつかの国を転々とまたいで、約一ヶ月かけて東海岸へ向かった。


 その間の旅はおだやかなもので、クリンはシグルスの基礎知識の勉強を、セナはせっかくなのでリストラル語のマスターをがんばった。

 ミサキの記憶に関しては進展がなかったが、マリアは「もうすこしで新しい術が使えるかも」と、何やら思案げな様子だ。


 セナに噛まれた左腕の傷口もその間に完治した。


 その旅の途中、リヴァーレ族に被害をうけた直後という町を見た。

 リヴァーレ族はその国の軍が撃退したものの死傷者は多く、広範囲による被害のため復興には時間がかかりそうだった。

 それを見てマリアが表情を硬くしていたのを、三人はうしろから見守っていた。




 いよいよシグルス大陸への玄関口である港について、聖女のペンダントを使いチケットを四枚、用意する。

 それを受け取る際にセナが「今回はなくさないでくださいね〜、聖女さん」とからかって、マリアが「ムキー」と怒っていた。

 




 少しだけ薄暗い話題が生じたのは、船の上でだった。

「見てください」とミサキが深刻そうな表情で持ってきた新聞には、シグルスについての記事が掲載されていた。



「『聖女反対運動』?」

「はい。一部の思想家が始めたそうですが、それを受けて大統領が、今後プレミネンス教会への支援を打ち切ると表明したそうです」

「そんな馬鹿な。一部の思想家だけの意見を、共和制国家が簡単に反映させてしまうなんて」



 船内の遊戯室にいた四人は、ここで話すべきではないと、甲板へ移動した。



「『聖女は科学で証明できない怪しい能力を用い、地域貢献という名目を盾に国益を搾取している。市民の血税は、彼女らの危険な力を増長させるものではないとし、今後、国内の教会に立ち退きと土地の返還を求める予定である』」

「ひどい話だわ……。その土地を守る聖女たちが可哀想よ」



 クリンが記事を読み上げている横で、マリアは顔を真っ青にさせて唇を震わせている。

 ミサキはマリアの肩を支えており、セナは甲板によりかかって海を眺めていた。



「続き、読むね。『思想家の運動はしだいに各地で勢力を増し、教会へのデモンストレーションが頻繁に行われている。彼らは聖女の存在を「非科学的」「存在そのものが害悪である」と口にしているが、その様は旧時代に行われていた‘魔女狩り’を彷彿させるとし、市民からは不安の声が上がっている。それを受け、ニーヴ大統領は穏便に解決にのぞみたい、迅速に対応すると陳述している』……だって」

「記事は、それで終わりか?」

「ああ」



 セナの質問に、クリンは新聞を折りたたみながら頷いた。



「巡礼に訪れた聖女がどういう対応をされるのか、読めませんね」

「危険だろうな。念のためペンダントは隠したほうがいいんじゃねーか」

「いやよ。あたしたちは何も悪いことなんてしてないもの」



 マリアはぎゅっとペンダントを握りしめ、首を横に振った。

 セナはあきれたようだ。



「意地になったってしかたねーだろ。身を守るほうが先決だ」

「屈したくないのよ。『この力を正義のために使いなさい。それが聖女の生きる意味である』。あたしたちは教会でそうやって教わってきたわ。これがあたしの誇りなの。こそこそ隠すようなことをしたくない」

「わざわざ火の中に飛び込んで、危険な目に遭うっていうのか。アホだろ」

「そのためにあんたがいるんでしょ。守んなさいよ」

「……」



 はぁ〜っ、と。それはそれは盛大にため息をついて、セナはそれ以上の反論を諦めたようだ。



 それからしばらく、無言が続いた。

 次から次へと聞こえてくる不穏な足音に、全員の表情は暗く、沈んだものになっていく。

 だが、誰一人としてこの旅をやめようと言える者はいなかった。



 南から潮風が吹いて、髪をなびかせる。

 

 クリンは三人を順番に眺めた。

 セナ、ミサキ、マリア。

 そういえば、二組が出会ったのも港だった。

 初めて共闘したのも、海の上だった。


 一度別れはしたもの、また偶然の再会を果たし、様々な困難をともに乗り越えてきた。

 互いの事情に巻き込まれた時だって、誰一人責めることなく、一緒に支え合ってきた。


 クリンは強く願う。

 これからだって、そうでありたいと。



「みんな。聞いてほしいことがある」



 クリンが姿勢を正して改まったので、みんなが注目した。



「決意表明をしたい」



 そう宣言し、クリンは片手でセナの手を取り、自身の手の甲に重ねた。その上に、今度はマリアの手を、それからミサキの手を乗せて、全員の手の甲を重ね合わせた。その上に、さらに自分のもう片方の手を乗せる。

 みんなはきょとんとしていた。



「何か困ったことがあったら僕を頼ってほしい。それを覚えておいてほしいんだ。セナのために始めた旅だけど、もうとっくにミサキとマリアも僕の大事な仲間だ。君たち三人には深い事情がある。そんな君たちを僕はそばで支える。それをここに誓います!」



 嘘偽りない、さらには飾りっ気のない言葉だったが、三人にはストレートに伝えたかった。

 もしかしたら、これから先、四人の道が分かつ時がくるかも知れない。

 それでも、自分はこの誓いがある限り、三人を見捨てたりなんかしない。仲間でいたい。



「それ、いいね。あたしもやるー!」



 クリンの決意表明に続いて、今度はマリアが手を重ねた。



「ん、とね。うん! あたしは世界を救う聖女になるわ。そばで支えてくれたあなたたちに恥ずかしくない聖女になりたい。みんなが見てくれてる限り、あたしは前を向いていられるの。誇りに思ってもらえるような聖女になる。どんな絶望に突き落とされたって、あたしはこの心を忘れない。そうあり続けると誓うわ」



 それから「ね、ミサキもやろ」と、マリアが言うので、ミサキはいったん目を閉じて、深呼吸してからそっと手を重ねた。



「私……。もし、記憶を取り戻したとしても、たとえそれがどんな記憶であったとしても、みなさんのおそばにいたい。私の名前はマリアがくれた、ミサキ・ホワイシアです。私はこの名前で生きている道を、失いたくありません。取るに足らない過去なんかより、みなさんと笑って過ごせる未来を、必ず選択し続けます。ここに誓います」



 ミサキの表情は、迷いながらでも明るさを取り戻そうとしていた。

 それがクリンには嬉しかった。



「くっさ。お前ら、くっせーわ」

「セナもやれよ」

「そうよそうよ」



 セナが茶化してきたので、クリンとマリアが次はお前の番だとそそのかす。

 だが「別に言うことねーよ」なんて、乗り気ではないようだ。

 まあ強制するべきことでないからな、とクリンが手を離そうとした時、ガシっと、力強い重みが重ねられた。



「しょーがねえなー」



 それはもちろん、セナの手だ。

 セナはその手を見下ろしながら、ふう、と空気を真面目なものへと変えた。


 クリンはセナを見た。

 セナがこうして自分のことをちゃんと語るのは、初めてかもしれない。



「宣誓ー。俺はバカだから、難しいことは考えない。それは全部クリンに任せまーす」

「おい」

「だからこの命、お前らに預けるわ。誰から産まれたーとか、なんのために産まれたーとか、わかる日がきても、生きている限りこの力は『生み生かし、守る』ために使い続けてやる。お前らは俺が守ってやるからなんにも心配すんな。以上! もうカンベンして」



 セナらしい言葉に笑いつつ、弟の深い決意が伝わってきて、クリンは胸を打たれた。



「茶化してたやつが一番恥ずかしいこと言ったな」

「うるせー」



 兄弟の照れ隠しに、クスクス笑いながらマリアは首を傾げる。



「それで、この手はどうすんの?」

「それは考えてなかった……。こんな恥ずかしいことやったことないし」

「恥ずかしいんですね」



 今度はミサキがクスクス笑った。



「せーので空に掲げてバンザイは?」

「じゃあそれで」



 全員一致で頷いたあと、「せーの!」と声を上げ、両手で空に花を咲かせた。

 みんなが空を見上げて笑っていた。




 旅は、やがて深い闇へと転がり落ちていく。

 それでも四人は、襲いかかってきた絶望の中にいる時でさえ、誓いを交わし合ったこの日のことを、決して忘れはしなかった。








やっとここまで書けました。

次話から、シグルス大陸編が始まります。ミサキの記憶がメインとなっていきます。重いです。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ