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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第十話 いざない
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相談


 そうしているうちにクリンとミサキがテントに戻ってきて、マリアの症状が回復していることに驚きを隠せない様子だった。

 一通り、クリンのわかる範囲で症状を確認しているが、やはり傷ひとつ残っていないようだ。



「すごいな。熱も、こんなに急激に下がるなんて……。体調はどうだ? 頭痛や吐き気は」

「全然、なんともないよ」

「よかった。本当によかった」



 ミサキはマリアにぎゅうっと抱きつき、涙をこらえているようだった。

 が、クリンは手放しで安堵することができなかった。

 なぜならセナの表情が、この朗報を素直に喜んでいるとは言えない様子だったからだ。



「いったい何があったんだ?」

「司教ってやつが来た」

「え?」



 クリンの問いかけに、セナは簡潔に答える。

 全員が驚きと戸惑いをあらわにする前で、あらかじめ用意していた言葉を並べていく。



「俺らに用があって、聖女の術を使ってテントに入ってきたんだ。で、こいつの怪我を見て『やれやれ』って感じで治療してくれた」

「……で?」

「それだけ。用件言って帰ってったよ」

「そう、司教様が」



 自身の胸に手をあてて、マリアは戸惑いながらも嬉しそうに微笑む。

 それを視界に入れないように、セナはゆるやかに視線をそらした。



「セナ。司教さんの用事ってなんだったんだ?」

「プレミネンス教会には来なくていいってさ。巡礼を最後まで終わらせるようにって伝言を頼まれた」

「えっ? 本当!?」



 マリアの顔がパッと輝く。

 予定どおり巡礼を続けられるとわかって、ホッとしたようだ。



「それだけか?」

「それだけ」



 クリンの質問に一言で済ませると、セナはさっと立ち上がった。



「俺、しょんべん」

「セナさん……」

「サイテー」



 女性陣の非難を背に受けながら、セナはテントを出ていく。

 クリンはその背中に違和感を覚えて、首を傾げた。






 キラキラと光る水面を眺めれば、柔らかい風が頬をなでる。

 遠くのほうでは、クリンたちが作った水のうバリケードを補強している里の人たちの姿があった。

 雨雲はなりをひそめ、本来の姿に戻った小川はさらさらと下流へ流れていく。



「ずいぶん長いトイレだな」



 土手に座って川を眺めるセナの横に、兄が並んだ。



「やっぱり、バレバレか」

「僕が来るの待ってた?」

「待ってたわけじゃないけど、来るんじゃねえかなって予想はしてた」

「ということは、やっぱり何かあったんだな?」

「……」



 セナは土手に生えた雑草をブチッと引っこ抜いた。

 兄に話すことに、迷いはなかった。むしろ、聞いてもらいたくてここから動けなかったということもある。


 セナはテントで起こった司教とのやりとりを、ぽつりぽつりと話し始めた。



「……そうか」



 すべての話を聞き終えると、クリンは難しい表情で思慮にふけった。

 

 司教が始めの質問で実父の居場所を尋ねたということは、司教もセナの実父に用があるということだろうか。

 しかし、セナは知らないと答えた。本来なら会話はここで終了となるはずだった。


 だが、司教はマリアの命を盾に、セナの生い立ちを聞くことを選択した。

 そして情報を聞き終え、騎士になるよう勧めた。それはもともとの計画どおりだったのだろうか? それとも会話の流れからそれを選択したのだろうか?

 そもそも、セナに騎士を勧めた理由はなんだろう?

 仕える聖女は誰でも良い、ということは、セナが騎士になること、それこそが重要であると告げているように聞こえる。



「セナのお父さんは、聖女の騎士だったのかな」

「ああ……」



 なるほど、とセナは思った。

 以前、教会で騎士のふりをした時に受けた視線の数々は、もしかしたら自分が実父と似ていたからだろうか。



「司教はお父さんの居場所を知りたがっていたんだよね。セナを騎士にすることでお父さんを(おび)き出そうとしているのかもしれない」

「なるほど」



 巡礼を終わらせれば、その答えが出るのだろうか。

 そして、実父に会えるのかもしれない。会えたら、この不思議な体について何か教えてもらえるだろうか。



「セナ。これはこれで、チャンスかもしれないよ」

「チャンス……?」

「セナのお父さんの情報が手に入るなら、相手の思惑に乗っかってみるのも悪くないかも。マリアを人質に取られているみたいで気分は良くないけど、見方を変えれば、こっちはひとつ手がかりを掴めたし、マリアを近くで守ることもできる。一石二鳥……みたいに言うのは無神経かもしれないけど」

「チャンス、か」



 セナは土手に落ちていた小さな石を手に取った。

 それを川に向かって投げれば、水面には綺麗な水紋が広がった。


 自分ひとりで抱え込んでいたら、そんなふうに考えることなんてできなかっただろう。

 もう騎士になることを選択してしまった以上は、この状況をいかに生かすかで悩んだほうがいいのかもしれない。



「クリンに話して正解だったな」

「お? ようやく兄の偉大さがわかったのかな? 弟よ」

「もう二度と言わねえ」

「え〜、言えよ」



 しかし気がかりなのは、その選択と同じ天秤に乗せられた、三つの命。

 この道なかばで白旗をあげてしまった時、その命はどうなってしまうのだろうか。



「あのさ、クリン。頼みがあるんだけど」

「ん?」

「あいつらには、黙っててほしいんだ」



 セナの頼みに、クリンはミサキとマリアの笑顔を思い浮かべた。

 真意を感じ取り、クリンは頷く。



「そうだな。僕もそれがいいと思う。二人には笑っててもらいたいし、明るく旅がしたい」

「うん」

「父さんと母さんのことは気にするな。僕らを育てた両親だぞ、簡単にやられたりしないよ」

「たしかに……へたなリヴァーレ族より強そうだ」

「ははっ。とくに母さん」

「そう、とくに母さん」



 ぶっと笑い合いながら、それでも胸にざらりと残る不安の影を、クリンとセナは口にしようとはしなかった。







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