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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第十話 いざない
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招かれざる客


 一方、テントでは緊急事態に(おちい)っていた。


 テントの中には、セナとマリアの二人きり。

 ではなく、そこにはもう一人の人間が存在していた。


 その者は横たわるマリアの真上で、太い氷柱(つらら)を握りしめていた。

 尖った先端は、真下にいるマリアへと向けられていて、今にも彼女を突き刺してしまいそうだ。

 そのせいで、セナは身動きが取れずにギリッと奥歯を噛んでいた。



 時は、少し前に(さかのぼ)る。



 クリンとミサキがテントを後にしたため、セナとマリアだけが残されたこの空間で。

 マリアの容態は相変わらずで、熱もなかなか下がらず、だいぶ憔悴(しょうすい)しているようだった。


 小さなうめき声とともに、大量の汗が彼女の頬を通過する。

 が、それを拭いてやることにセナは少しだけ抵抗を覚えて、タオルを持ったまま、じっとそれを眺めているだけ。

 しばらくこの状態が続いてしまっていた。


 昨日まで平気だったそれが今日に限ってできないのは、さきほどテントを出る前に放たれたミサキの言葉のせいである。


『お洋服を脱がせて体を拭いてあげたり、できるんですか?』


 そんなことを言われてしまったら、別にさして特別な感情を抱いていない相手であっても、さすがに触れるのを躊躇ってしまう。

 やましいことはないのだ。ないのに、マリアが身じろぎをするだけで、なんだか悪いことをしているような気になって逃げたくなってしまう。

 

 そう。ここにきて初めて意識させられてしまったのだ、「この子は女の子である」と。

 そこで思い起こされる、まったく無意識だった彼女との接触の数々。

 致し方ない場面もあったがあまりにも遠慮なく触りすぎてしまったような気がして、遅れてやってきた罪悪感とともに触れた箇所のぬくもりを思い出しそうになって「うがぁ」と変な気持ちを伴う。


 そしてセナは今さらながら、自分には絶大な前科があることに気がついた。

 ハンカチ越しとはいえ人工呼吸を……。

 もちろん人命救助だから無罪だしノーカンだし、あの時は必死そのものだったので、それを後悔したりはしていないが。そういえば雨で濡れたハンカチが邪魔だと思ってあとから剥がしたような気もしないでもないけど必死すぎて忘れたし思い出したくもない。


 とにかくだ。

 クリンになすりつけたのは肋骨を折ってしまったことへの責任転嫁だったのだが、その機転は正解だったようだ。

 自分がやったとバレたら絶対に殺されてしまう。「え、あんただったのマジ最悪」と言って口を拭うマリアの姿が容易に想像できるではないか。ムカつく。ムカつく。


 被害妄想まで完全にできあがって、思い出しそうなあの感覚を抹殺するため乱暴に唇を拭う。

 他にも色々と無意識にやらかしてしまっているような気がして、ああああ、と後悔に(さいな)まれてしまった。

 


「あいつら、遅くね……」



 奇妙な爆弾を落としていったミサキを恨みながら、こじらせた自意識にセナが途方にくれている時だった。


 突然、空気が揺らいで、なにもないところから光が立ち込めた。



「!」



 バリバリッと形容しがたい効果音を発しながら現れたその光は、やがて人の形を生して、色を変えていく。

 現れたその人物には見覚えがあって、セナはゆるんでいた気持ちが一気に引き締まるのを感じた。



「ふむ。見知らぬ場所ですね……。テントでしょうか」



 白いマントを羽織った中堅の女。白髪まじりの紫色の長い髪。

 威圧的かつ気位が高そうな雰囲気のその女性は、以前ラタン共和国で自分たちを襲った教会からの使者である。

 たしか、司教様とマリアが呼んでいたような。


 司教は身構えたセナを認識するなり、口の両端を吊り上げた。



「おや、青き騎士殿。先日は失礼いたしました」

「今もじゅうぶん失礼だけどな」

「ふ、それはおっしゃる通りで」



 得体のしれない登場の仕方に困惑しつつも、セナは動揺を相手に気取られないよう毒舌で応戦した。

 が、その態度がすでに弱き者の威嚇であると、セナ自身は気づかない。

 この場の主導権は、すでに司教のものであった。



「それで、ここはどこなのです?」

「答える義理はないな」

「なるほど。騎士殿が訪れる予定だった場所ということですか」



 大きな布に覆われているため場所の特定ができず、残念そうに司教はテントを眺めている。

 セナは質問を投げ返した。



「おまえ、どうやってここがわかった? 今のも聖女の術なのか?」

「ええ、まあ。私は場所移動が得意なのです。場所は、マリアの持っているペンダントが教えてくださいました。ペンダントにはマリアの力が宿っています。その気配を追ったんですよ」



 この世界にGPSというものは存在しないため、ペンダントにそんな機能が施されているなんて、セナは想像もできなかった。

 司教はふと、マリアに視線を落とした。

 それはセナに向けたものとは打って変わって、凍りつくような眼差しであった。



「なかなか動く気配がないと思ったら、いったい何をやっているのやら。熱意も持たず、命令にただ従うだけの傀儡(かいらい)よ。しょせんは奴隷の子か」

「……はぁ?」



 まるでつまらなそうなオモチャでも見るようなその視線に、言いようのないイラつきを覚える。

 マリアがどれだけ聖女としての重責に耐え、責務を全うしようとしているか、ほんの少ししか関わってきていない自分たちですら理解ができるというのに。



「人を見る目がないんだな、おばさん」

「ふ。主人を貶められて、いきり立つか。騎士の鑑よ」

「……さっさと用件を言って帰れよ」

「おや、嫌われてしまいましたか。では手短に。至急、騎士殿に確認したいことがございます」



 ついに本題に移り変わり、その場にピリッとした空気が訪れる。

 こころなしか、司教の目が光ったように感じられた。



「お父上は、どちらに?」

「……はぁ?」



 一瞬、セナの頭の中にはアルバ諸島にいる養父、クリンの父が思い浮かんだ。

 だが、以前この司教が自分をまじまじと見つめ、青い髪と金色の瞳がどうのと言っていたので、おそらく実父のことを言っているのだろうと考える。



「しるかよ、そんなん」

「ほう。どういうことです?」

「……」



 しまった、余計な情報を与えてしまったか。

 セナは心の中で舌打ちしながら、これ以上不利にならないように口を閉ざした。

 が、それがかえって、司教に考える時間を与えてしまったのだが。



「なるほど。あなた自身もご存知でないというわけですね。よくわかりました」

「……」



 沈黙が肯定を意味してしまっていることには気づいていた。が、相手の用件がわからない以上、へたに口を開くことができない。


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