里との交流
クリンは何も言わなかった。
ただいくつか野菜を選んで、畑の話をしたり、天気の話をしたり、里の生活の話をしたりしながら、散歩にたっぷり時間をかけた。
その間も、クリンはずっとミサキの手を繋いで離さなかった。
歩を進めれば、見えてくる里の生活。
若い男性は狩りに行き、女性は洗濯物を川で洗ったり、生活用品を作ったり。
子どもたちは親の手伝いをしつつ、遊びつつ、元気に駆け回っている。
お年寄りはそんな子どもたちを見守りながら、穏やかに笑っていた。
やがて里の人間がクリンに気がついて呼び止めると、子どもたちがワッと群がってきた。里の人たちもわらわらと集まってくる。
また身構えたミサキにしっかり手を繋いだまま「大丈夫」と声をかけて、クリンはしきりに話しかけてくる子どもたちの相手を始めた。
子どもが木の棒を差し出してきたので、クリンは持っていた野菜をミサキに預けて、それを受け取る。そして乾いた地面に線を引いた。
リストラル語を用いて、ランダムでどんどん文字を書いていく。
子どもたちがそれをキラキラした目で見つめていた。
クイズ形式で、「これは?」「正解」と子どもと話しているのを見て、ミサキはクリンが文字を教えているのだとわかった。
やがて一人の少女が、ミサキにも木の棒を差し出してきた。
教えて、と言っているようだった。
受け取りたくない、と思った。関わるのは怖い。
きっと断ってしまったらこの子は悲しむだろう。
でも、あなたたちだってマリアに酷いことしたじゃない。
そんなふうにせめぎあっているミサキの横で、クリンはゆるゆると首を振った。
「彼女は遊べないよ。まだ君たちが怖いんだ」
そんなふうに里の人たちに言うものだから、ミサキは驚いた。
里の人たちはハッとした後でしゅんと悲しそうな顔になって、でも理解したと言うようにミサキから一歩離れた。
ごめんなさい、と、輪にいた一人の女性が言った。
木の棒を差し出してきた女の子も、叱られたように意気消沈して下がっていく。
クリンはただ静かに微笑んで、子どもたちに木の棒を返した。
そして人の輪からミサキを連れ出すと、野菜片手にテントに戻り始めた。
「なぜあんなことを?」
「本当のことを言っただけだよ。こう言っておけば、相手も必要以上にミサキに関わってこないから安心だろ」
「てっきりクリンさんは許せとでも言うのかと」
「まさか。僕だって暴力を受けたことは許すつもりなんてないよ」
ではなぜあんなに親しげに?
そんな疑問を視線から感じ取ったのだろう、クリンは言葉を続けた。
「ただ、相手が笑顔で来るなら、僕はそれに返してあげようとは思ってる。好意を受け取ることと許すことは、同じところに置く必要ないかなって思うんだ。でもそれは僕の考えであって、ミサキはムリして合わせてやる必要はないと思うよ」
「では、なぜ私を外へ?」
「言ったろ、マリアのために野菜を収穫したいって」
「……」
「はは、疑ってる。別にたいそうな理由なんてないよ。ミサキと外を歩きたかったんだ。ずっと息をつく暇がなかっただろ? こうしてのんびり歩いて、ちょっと心を休ませたいなと思ってたんだ。付き合ってくれてありがとう」
「……」
嘘だと、すぐにわかった。
クリンは自分を外に連れ出して、ここがもう安全であるということを教えたかったのだ。
そして里の者にも、ミサキと接触させることで釘を刺すことができた。まだ、お前たちのしたことを忘れていないぞと。決してなかったことにはしないのだと。
さらにその言葉を受けて里の者たちがどれほど反省しているのか、ミサキにも伝えることができた。
いわば彼は、互いの代弁者になってくれたのだ。
「クリンさんって、頭がいいんですね」
「え、なにが?」
「いいえ。頼りになるなと思いまして。あなたはすごい人です」
「よくわかんないけど、ありがとう?」
「……ふふ」
数日ぶりに、笑顔が出た。
笑ってから、そういえばずっと笑っていなかったなとミサキは気がついた。
ふと力が抜けたような感覚がおりてきたと同時に、お腹がぐぅと鳴った。
「食べる?」
お腹が鳴って恥かしそうにするミサキの眼前に、クリンはずいっとオレンジの野菜を差し出す。
それはまん丸としていて、みずみずしそうで、太陽の光が当たってキラキラしていた。
これは、ゲミア民族が育てた野菜。
マリアを傷つけた人たちが育てた食べもの。
でも……
「はむ」
クリンの手から、そのまま野菜にかじりつく。
驚いた表情のクリンを見て、少しのイタズラが成功したことに喜びつつ、ミサキはそれを咀嚼する。
トマトのように優しい歯応え。口の中いっぱいに広がるイチゴのような甘酸っぱさ。
噛めば噛むほど、爽やかな甘みが残る。
「……おいしい」
喉を通って、お腹を満たしていく甘い甘い宝石。
気がつけば、目に涙が滲んでいた。
「ありがとうございます、クリンさん」
「う、うん」
大人びた佇まいはどこへやら、しどろもどろになってしまったクリンの手から、もう一口、それをもらった。
彼が年相応の表情もすることに小さな満足感を得る。
我ながら意地が悪いなと思いながら、「自分で食べれば」と言ってこないのをいいことに、ミサキはなるべく時間をかけて、ゆっくりゆっくりそれを味わうのだった。
セナ {十七歳とは思えねえ悪女っぷり……。




