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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第九話 チカラのカタチ
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再び訪れる


 牢屋をあとにし、里の外れにあるテントへ向かう。ぺらぺらの布地でできた質素な仮設テントは、自分たちに用意された宿代わりだった。

 一つだけのテントに男女混合で川の字で眠れとは、ここの常識や性教育はどうなってるんだと訴えたいが、あれだけ警戒されているのにテントを用意してもらえただけ、ありがたいと思おう。

 しかし、だからと言って異性のいる空間へ無遠慮に入れるわけもなく……。テントの外で足踏みをしてしまっていると、気配を察知したのか中からマリアが顔を出した。



「あ、やっぱりクリン」

「マリア。顔は大丈夫か?」

「平気平気。さっきミサキが応急手当てしてくれた。話し合いは終わったの?」

「ああ、うん」



 いつもと変わらない明るい声、明るい笑顔にホッとする。だがその顔は大きなガーゼで覆われて、痛々しそうだ。

 マリアは入り口を大きく開いてくれた。



「ミサキとずっと待ってたんだよ。遠慮しないで中に入って」

「いや……さすがにまずいだろ。僕、今日は外で寝るから。僕の荷物だけ取ってくれる?」

「何言ってんの! もともと四人で野宿する予定だったんだから、今さら気にしないわよ。ほら」



 強引に腕を引かれ、中へと招き入れられる。奥にいたミサキも、どうやら怪我がなさそうだ。

 テントの中は少しだけ外より温かかった。クッションや毛布などは用意されていなかったので、そこにあるのは四人の荷物だけ。土に敷いただけの薄い素材のテントで眠るのは、体が痛くなりそうではある。

 だが、緊張していた糸がここでぷつりと切れてしまった。クリンは力なく膝をつくと、そのままテントの真ん中にうつぶせで倒れ込んだ。



「クリン!?」

「クリンさん!」



 そういえば、あれからすぐに里の長たちと交渉のテーブルについたため、自身の怪我は背中の傷以外、ひとつも治療されていない。ましてや朝食以降、飲まず食わずだ。もう体はとっくに限界を超えていた。



「ごめん……ちょっと、寝かせて。すぐ起きるから」

「大丈夫です、ゆっくり眠ってください」

「今、治癒術かけるね」



 言うが早いか、マリアの温かな光に包まれる。ミサキが自分の手を握ってくれたようだ。

 安心してうっかり意識を手放しそうになるが、ひとつだけ言わなければならないことを思い出した。



「ごめん、マリア。腕の傷は治さないで」

「え? なんで? ここが一番ひどいよ」



 それはセナに噛まれた傷跡だった。



「頼むよ。この痛みは、覚えておきたいんだ」

「……」



 そこまで言って、すぅ、と引っ張られるようにして意識が落ちていった。





 ひどい豪雨の音で目が覚めた。テントを叩く強い雨音、小刻みに揺れる地面。

 一瞬ここがどこだかわからなくて焦ったが、すぐにゲミア民族の里だったと思い出した。

 寝返りを打てば、眠る前まであちこち痛かった体の傷が、すっかりなくなっていることに気がついた。

 唯一残された腕の傷も、治癒術ではなく物理的に治療してくれたのだろう、包帯が巻かれていて、うっすらと赤く滲んでいた。

 ふと、ミサキとマリアがテントに居ないことに気づいて焦燥感に襲われる。



「ミサキ!? マリア!?」



 重たい体を起こし、声をかける。テントの外は相変わらず激しい雨音しか聞こえなかった。

 雨具を装備するのも忘れて、慌てて外に出る。叩きつけられるような雨のせいで、ずいぶんと視界が悪い。外には人の気配がなくて、余計に胸をざわつかせる。

 すると白くけぶる雨の向こうから、こちらへ駆けてくる姿を見つけた。



「クリンさん! クリンさん!」

「ミサキ。びしょ濡れじゃないか」



 ミサキの真っ青な顔色が、何かただ事じゃないことが起きていると告げている。



「クリンさん、助けてください! マリアが……マリアが!」

「えっ!?」





 雨は、夜明け前に降り続けてからしだいに強まってきていた。里はあの決壊した川からだいぶ離れた場所に位置しているらしいが、問題は他の川にあった。

 土手の下を流れるその小川は、生活用水として里に重宝されており、普段の雨ではたいした水位にはならないらしい。

 だが、近年稀に見るここ最近の豪雨により、見たことがない高さまで水位が上がっているというのだ。


 もしも川が溢れれば、畑と家畜が被害に遭ってしまう。そこで、白羽の矢を立てられたのは不思議な能力を持つ‘聖女’マリアだった。

 眠っていたマリアは突然テントに侵入してきた男たちに口を塞がれ、否応なく川辺まで連れて行かれたらしい。



「私、必死に説得したんです、彼女にそんな力はないって。なのに全然聞いてくれなくて! お願いです、マリアを助けて!」

「それでマリアは!?」

「長いロープで縛られて……川に」

「──っ!」



 殺す気か。

 ぐわっと腹の底からどす黒いものが湧き上がって、その勢いに任せて駆け出す。


 不覚だった。いくら疲れているとは言え、眠っている脇でそんなことがあったのに、ちっとも気づかなかったなんて。


 血管がどくどくと脈打つのを耳で聞きながら、恐怖よりも怒りに支配されていることを自覚していた。

 異色を拒み、恩義もわきまえず、人権や倫理も知らない。これがヒトのすることか? こんな文明が許されてたまるものか!



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