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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第九話 チカラのカタチ
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捕縛




 頭を軽く揺さぶられ、クリンは目を覚ます。かすんだ視界の中に飛び込んできた見知らぬ風景に驚いた時、背中に激痛を感じて顔をしかめた。

 息をゆっくり吸って吐き、冷静に周囲を見渡すと、そこは集落のような小さな里だった。先端の尖った木の柵でぐるりとまわりを囲み込んだ、物々しい雰囲気。

 近くでは槍を抱えた男が自分を見下ろしている。助けた子どもたちと似たような服装をした老若男女が、遠巻きに険しい表情でこちらを睨んでいるのも見えた。


 自分は雨上がりの濡れた地面に横たわっているようだ。腕は後ろで縛られているのか、身動きが取れない。矢を打たれた背中の傷がズキズキと痛む。



「うっ」



 腹を蹴られた。一瞬だけ呼吸が止まって、痛みに身を屈める。


 その時、背中で同じように(うめ)き声があがるのを聞いた。女の子の声だと認識し、首をまわして後ろを見れば、背後にはマリアとミサキが同じように縛られた状態で横たわっていた。どうやらまだ気を失っているようだ。



「ミサキ、マリア! ……うあっ」



 今度は上から顔を踏まれ、地面に逆戻りさせられる。口の中が切れたようで、鉄の味がした。


 じゃり、と足音が近づいたので、目を開ける。

 険しい表情でこちらを見下ろしているのは、杖をついた老人だった。はなから会話をするつもりがないのか、それともこちらの様子を探っているのか、言葉はない。


 今、何がどうなっているのか。混乱する頭の中で状況を整理する。

 おそらくここはゲミア民族の里。自分たちが助けたあの子たちは見当たらないが、きっと一緒に連れてこられたのだ。この者たちは、子どもを誘拐されたのだと勘違いしているのかもしれない。

 なぜ生かして連れてこられたのかは知らないが、ここまでされて身の危険を感じないわけがない。なんとか突破口(とっぱこう)を見つけなければと、クリンは口を開いた。



「僕は、クリン・ランジェストン。僕の言葉がわかりますか?」



 おぼつかないリストラル語で、ゆっくりと語りかける。

 男も、村人も、無言でこちらを見下ろしていた。



「ここはゲミア民族の里でしょうか? 僕たちは、洞窟の中の小さな男の子たちを助けました。その子たちは里の子ですか? 今は、どこにいますか?」



 それでも返事は、もらえない。



「僕たちは、あなたたちに危害は加えない。どうか、対話を。友好的な対応を望みます」



 男の目が光った。



「ぐっ」



 再び腹に衝撃を食らう。

 その声に目を覚ましたのか、マリアが「う」と声をあげた。



「マリア?」

「ここ、どこ……。うっ!」



 彼女も蹴られたのか、鈍い音が響いた。



「やめろ! 女の子だぞ! ぐっ……」



 槍の(つか)で頭を殴られる。こめかみから温かいものが流れるのがわかった。

 自分の声が聞こえたのか、ミサキも目を覚ましたようだ。



「クリンさん……」

「ミサキ、平気か!?」

「いったい……」



 状況把握ができていないのか混乱している様子で、起き上がろうと身じろぎした彼女の腹を、また男の足が蹴りつけた。



「うっ」

「ミサキ! やめろ、お願いだからやめてくれ!」



 さきほどからバクバクと鳴り響く心臓の音がうるさい。恐怖で頭がどうにかなってしまいそうだ。

 だけど。



「女の子たちには……手を出さないでください。彼女たちは僕らに巻き込まれただけなんです。どうか、彼女たちを解放してやってください。お願いします……!」



 自分たちに付き添ったというだけでこんな目に遭ってしまうなんて、あまりに可哀想すぎる。どうにか彼女たちだけでも逃してやりたかった。



「女」



 老人がようやくその重たい口を開く。その視線はマリアに注がれているようだった。



「女、不思議な力、使った。なぜか教えろ」

「彼女は聖女です!」

「聖女。しらない」

「世界を救うために、旅をしているんです。あなたたちを攻撃するつもりなんかない!」

「あやしい力。危険」

「きゃっ」

「! やめろ!」



 男がマリアの髪の毛を乱暴に掴み上げたので、マリアは痛みに顔を歪めた。



「やめろ……やめてくれ! いい加減にしてくれよ!」



 クリンはぐっと腕に力をこめた。肘をバネに体を浮かせ、なんとか起き上がろうと試みる。横顔を蹴られはしたが、ふらつきながらも立ち上がった。

 足は震えていた。痛みと恐怖で涙が出る。でも、いま立たなければ絶対に後悔するだろう。

 

 男たちの槍の矛先が一斉に自分に向けられる。ごくりと生唾を飲み込んで、その先の恐怖に立ち向かった。

 命は尊いものだ。血を流さずにコミュニケーションを築くことができるのが人類の良さだと、父から教わってきた。言葉は伝わる。そう信じたい。



「お願いだから武力で人を制するのはやめてください、他者の言葉に耳を傾けてください! 子どもを助けてあげた僕たちに対する、これがこの里の礼儀ですか!? 子どもたちが死にかけてた。この子が不思議な力で傷を癒したんだ。この子が温かいスープを飲ませてやった! 僕の……僕の弟は子どもを助けに行って川の濁流に飲み込まれたんだよ! あなたたちは、他に何を奪えば気が済むんだ!」



 なかば、やけくそだった。切れた箇所から血が滴り、口の端を通過する。

 頼むから、頼むから伝わってくれ。

 そう願いながら槍の向こう、老人を睨み続けていた。



「……子どもたち、起きたらホントのこと聞く。話は、それから」

「!」



 老人がぼそりと言い放ったと同時に、槍がさっと引いていく。

 伝わった……!

 一縷(いちる)の望みに光が差し込んで、ホッと息をついた、その時。激しい音とともに、里の柵が吹っ飛ぶのが見えた。


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