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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第八話 ゲミア民族の里へ
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本音

 

「だいたい、セナだって自分のことなのに何も言わないじゃないか! 人のことワンマンだって言うなら今後のことくらい自分で考えればいいだろ!」

「考える前に、お前が先に答えを出しちまうんだろ!」

「頭の回転が鈍いのを人のせいにするな!」

「なんだとコラ!」



 セナの投げた枕が鼻に当たって、イライラは頂点に達した。



「じゃあ言ってみろよ! セナが今後どうしたいのか、聞いてやるよ! そもそも最初からそう言ってるのに、お前が変にスネたんだろ!」

「スネてねーよ! どうせ俺の意見なんか関係なく、クリンはここで帰るつもりなんだろ。だったらさっさと帰ればいいだろ!」

「帰るよ! セナがもう一人じゃないって、ちゃんとこの目で確かめたら帰るさ!」

「……っ。全然、一人じゃねーし! ぼっちみたいに言うなっ」

「ぼっちじゃんか! 村にいた時から、旅をしてる間も、ずっとずっとセナは一人だった!」

「はぁっ?」

「ずっと一人で抱え込んでただろ! 変な力のせいで、絶対不安なのに、苦しいのに、一度も弱音を吐かなかったじゃないか! 気づいてないとでも思ったか!?」



 はぁ、はぁ、と。息を切らしながら、それでもまだ言い足りないから言葉を続ける。本当は言わないままでいようと思っていたけれど、最後かもしれないから隠すのはやめた。



「お前がなんでもないって顔して笑ってる横で、僕はなんにもしてやれなかった。それが兄としてどれだけ不甲斐ないか、お前にわかるか!?」



 セナはピタッと枕を投げる手を止めた。



「そばにいたってなんにもしてやれないんだ。だったらお前と同じ体質かもしれない血縁と一緒にいたほうが救われるだろう!? セナが安心して笑って暮らせるほうがいいじゃないか! だから一緒に帰ろうなんて言えなかった。お前に好きな方を選んでほしかったのに! 弟のくせに、なんでそんな簡単なこともわかんないんだよ、このバカ!」

「痛てっ……」



 吐き捨てたと同時に投げつけた枕は、セナの顔面にクリーンヒットした。



「お二人とも、何やってるんですか」



 騒ぎを聞きつけて、ミサキが部屋を覗き込んできた。クッションベッドも作り途中、枕投げのせいで部屋はホコリだらけで、呆れさせてしまったようだ。



「泊めてくださるおばあさんに迷惑ではありませんか。もう、クリンさんまで」

「……ごめん。僕も食事の支度、手伝うよ。セナは一人で布団敷いとけば」

「言い逃げかよ!」

「あとはセナしだいだろ。子どもみたいに()ねてないで、たまには自分の足りない脳味噌使って考えろよ」

「はぁ〜!?」



 自分も大概(たいがい)子どもだと自覚しながら、クリンは部屋をあとにする。閉めた扉に、投げつけられた枕が当たったのを感じた。

 二人のやりとりを見て、何が可笑(おか)しいのかミサキがくすくすと笑っている。 



「珍しいですね、クリンさんがセナさんに対して感情的に怒るなんて」

「そう? いつもだと思うけど」

「いつもは、しっかり者のお兄さんでいる感じですかね」

「……全然、できてないよ」

「いいのでは? 私は少し安心しました、クリンさんはいつも理想の兄でいるようにと、ひとつ上からというか……自分をおさえているように見えましたから。こんなふうに対等に喧嘩することもあるんですね」



 そうかな、と呟いたのは『自分をおさえている』という言葉への返事。いつだって弟の手を引っ張り、導いてやるのは自分の役目だと思っていたし、自分がそれを望んでやってきた自覚はある。無理をしてきたつもりはないのだが。



「クリンさんは、もう少しワガママでいいと思います。きっとセナさんもそのほうが嬉しいのでは」

「さあ、どうだろね」

「だってセナさんのほうから言えない言葉もあるでしょう。どれだけ素敵な家族でも引け目が少しもないはずがありません」

「……」



 引け目というキーワードにハッとして、思わず口をつぐんでしまう。そんなこと考えたこともなかった。だってあの能天気でアホな弟だ。遠慮なんてところから一番遠いところにいるではないか。

 だが、彼も自分と同じように、あえて言わない言葉もあるのかもしれない。いや、違う。自分とは違って、言えない(・・・・)のだとしたら……。



「私も、今みたいに我慢しないで言いたいことを言っているクリンさんが好きですよ」

「え」

「きっとマリアもそうです。だからたまには私たちにも甘えてワガママになってくださいね」

「……うん。ありがと」



 ミサキはにこっと微笑んでキッチンへ戻っていく。

 なぜか会話の後半部分で思考停止してしまい、そこからの会話がまったく頭に入ってこない。あれ、なんのことを考えていたんだっけ。首をかしげながら、クリンは彼女の背を追うのだった。





 夕食を御馳走になって後片付けをする頃には、雨はすっかり上がったようだった。

 村じゅうが寝静まった夜。雨上がりの空を無数の星が照らす、その空を、セナは一人で眺めていた。

 泊まっている家の広い庭。大きな樹が何本も植えられていたので、ひょいと登ってみたら、なかなかの景観の良さに満足できた。ひとつ、心の中に落とされた塊を見ないふりをすれば、だが。


 遠くの山を見る。明日の今頃はあの山の、どこらへんで野宿だろう。果たしてゲミア民族の里は見つかるのだろうか。

 ……見つからなくてもいいのに、と言ったら、あのバカ兄貴はさらにブチ切れるかもしれない。


 そもそもの喧嘩の原因はクリンが突然変なことを言ったからだ。


『もしゲミア民族がセナの故郷なんだとしたら、そこで暮らしていくという選択肢もあるわけだし』


 それはまったく予想もしていなかった言葉で、頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。

 なぜなら、たとえゲミア民族が自分のルーツだったとしても、そこにとどまる可能性なんて微塵も考えていなかったからだ。

 だが兄はずっと旅をしている間、その可能性も考えていたのだ。しかもそれを平気そうな顔であっさり会話に組み込んだものだから、腹が立った。


 だいたい、いつだって兄の考えの根本にあるのは「弟のため」だ。行きたいと希望した叡智の国ラタンですら、そこで調べたことと言えば弟の体質のことときた。

 そんな兄の『弟のため』計画には、もう答えは出ているのだろう。だったらいっそ、はっきりと『そこに残れ』と突き離せばいいのに。その一番肝心なところだけ弟に言わせるなんて、なんて卑怯なのだ。そこまでされて他人の家に居座れるほど、自分はあつかましくなんかないというのに。


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