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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第七話 叡智の国
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ラタン共和国


 一行は、大陸南部からやや北上しながら東部を目指していた。

 ガタガタと馬車が揺れる。ここ数日で景色が変わり、森林が増え、雨も増した。窓を見れば重たい雲が空を覆っている。



「今日も降りそうだな」

「ええ、そうですね。内陸部なので、川の増水が心配です」

「そろそろ休憩してもらおうか。雨が振る前に馬も休ませたいし、セナの火傷の具合も診たいし」

「わかりました」



 ミサキは御者に休憩の申し入れをして、水辺の近くで馬車は止まった。



「すごいわね、もう本当に治りかけてる」



 クリンがセナの背中を診ている横で、マリアは感嘆の声をもらした。

 あの巡礼の日から五日。背中全体を覆う火傷は、普通の人間ならば完治に一ヶ月以上を要するほどのものだったが、セナは驚異の回復力を見せた。ただれていた一番酷い患部の皮膚はまだ完全に再生していないが、それでもほとんど治りかけだ。



「こんなに再生速度が早いってことは、相当細胞が活性化してると思うんだけど。逆に痛いところとか、体調に変化はないのか?」

「別に〜」

「ほんとに人間か?」

「てめぇ、弟になんてことを」



 クリンとセナのやりとりに、ミサキとマリアは苦笑している。



「まあ、次の場所に行けば、もしかしたらセナの体のことも何かわかるかもしれないしな。楽しみだ」

「またまた。クリンはセナのことより楽しみなことがあるんじゃない?」

「否定はしないけどね〜」



 叡智(えいち)の国・ラタン共和国。本来の目的地とは違うが、ミサキたちに誘われてこの南東ルートに入った時、できれば立ち寄りたいと思った場所だ。


 そこには世界一の蔵書量を誇る大図書館があり、また、世界最大級の医療研究施設がある。領土は狭く流通には弱いが、最先端医療設備の病院がたくさんあるその国は、その社会貢献度の高さから、他国から一目おかれ「叡智(えいち)の国」と呼ばれている。



「昔、父親もそこに居たらしいんだ。まあ、病院も研究施設もたくさんあるし、どこの施設に居たのかはわからないんだけど。中に入れなかったとしても、行ってみたいと思ってんだ。僕も大人になって医師の免許を取ったら、いつかはそこでさらに医療の知識を深められたらなって夢に見てて」

「語り出すと止まんないんだよな〜医療オタク」

「なんだよ、脳筋バカ」



 夢を熱く語っていたのに横槍を入れられ、クリンはセナの背中をペシンと叩いた。いてーよ、と非難する弟を尻目に、クリンはさっさと薬箱を片付け始める。



「というわけで、僕らはそこで三日間の観こ……休暇を取りたいと思います!」

「こいつ、観光って言ったぞ」

「言ったわね」

「しー。セナさんもマリアさんも、水を差さないであげてください」



 ひそひそ語らう三人を無視し、クリンは早めに休憩を終わらせようと、一番に馬車に乗り込む。

 最西端から移動してきたグランムーア大陸も、現在は中央部よりやや東部寄りを横断中だ。

 叡智の国を出たら、そこはもう東部、言語がリストラル語に切り替わる。



「その三日間。マリアとセナさんは、クリンさんが研究施設をめぐっている間、しっかりリストラル語をマスターしましょうね」

「え〜」

「マジかよ……」



 キラキラとした目で馬車に乗り込んでいったクリンとは対照的に、マリアとセナはげんなりと肩を落とすのだった。





 ラタン共和国は、今まで居たリンドワ王国よりも清潔感があり、シンプルな建物が多かった。

 自分が生まれる前に、父がここを歩いたこともあるのだろうかと思い、クリンはなんだかくすぐったい気持ちで街並みを眺めた。


 三泊できる宿を探した一行は、夕飯まで別行動することになった。

 ここでミサキの鬼コーチっぷりが発動され、マリアとセナはカフェで語学勉強を、クリンは世界最大と言われる図書館へと別れる。

 


 図書館は、世界一の蔵書量と謳われているだけあって、敷地は広く建物は大きかった。建物じたいはシンプルで飾り気のない造りだったが、クリンは逆に親みやすさを感じて好感をもてた。


 本棚は医療・歴史・文学など、様々なジャンルごとに分類されており、本の数は、すべてを読み終えるのに人生を何度やり直せばいいのだろうという程の量だった。


 各所に読書スペースがたくさん設けられており、研究者の格好をした人や、自分と同じような若者でひしめき合っている。

 クリンはわくわくしながら本棚を眺めた。今日はこの図書館で一日終わりそうだ。


 

 たっぷりあったはずの時間はあっという間に過ぎ去り、時刻はもう夕方。

 クリンはセナたちと合流し、宿屋近くの飲食街で夕食をとっていた。疲れた顔のマリアとセナに、語学の進捗(しんちょく)はどうかと尋ねた時、その声はかかった。



「ねえ、あなた」

「え?」



 見上げれば、こちらのテーブルに颯爽(さっそう)と近づいてクリンの顔をまじまじと覗き込む、中年の女性。

 彼女はメガネをかけて赤茶色の髪を無造作に一本で結び、白衣を着ていた。四十代後半くらいだろうか。

 戸惑うクリンたちをよそに、その女性は驚いた顔でクリンの顔を両手で包み込んだ。



「!?」

「やっぱり、そう!」

「ちょ、なんですか、あなた!」



 抵抗するクリンだったが、その力は強く、ふりほどけない。



「ランジェストン博士! 間違いない!」

「えっ?」

「あなた、ハロルド・ランジェストン博士を知ってる!?」

「……!」



 女性の口から出たその名前に、クリンとセナは同時に息を呑む。



「それ、僕たちの父です!」



 まさか、ここで父のことを知っている人に会えるとは。


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