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また今夜も泣いている。
「……っ、く、うぅ」
リビナがここにやって来て幾晩が過ぎただろう。ジャックが仕事に行っている間にひたすら街で情報収集をし、なんの収穫もないまま帰宅する。そして夜は姉を偲び、涙で枕を濡らす。
そんな彼女の毎晩のように繰り返される啜り泣きに、ジャックの寝不足は続いていた。
マリア・クラークスの情報は手に入らない。それもそのはずだ。もともとランジェストン家が厳重にマリアを匿っていたところに、ジャックがリビナの件を手紙で伝えたせいで、さらに警戒を強めているからだ。ギンにも同じように伝えてあるから偶然出会うということもない。
何も知らないリビナにとってみれば、さぞ歯痒い日々だろう。
「絶対……許さな……っ。……ケホッ」
喉に引っかかって咳き込んでしまったようだ。ジャックは体を起こして、キッチンで水を用意した。
「ほら」
水の入ったグラスを差し出せば、のそりと体を起こしたリビナが受け取り、口に含む。明かりのない部屋にカーテンの隙間から月光がわずかに入り込むだけ。おかげで涙は見えなかった。
他にしてやれることなどなく、そのまま玄関のほうへ戻ろうとする。だが洋服の裾を掴まれて止められてしまった。
「ねえ。いい加減マリア・クラークスに会わせてよ。もう耐えられない……」
ずきりと胸が痛むのを感じる。だが、その手をやんわりと払った。
「耐えろ。恨み言なら聞いてやる」
リビナが勢いよくグラスを投げつけてきた。まだ水が残っていたせいで部屋着が濡れ、さらには床にグラスの破片が飛び散る。
「いじわる! 鬼、悪魔!」
「ああ」
「最低! 嫌い! 大嫌い!」
「そうか」
「……っ、ネズ姉さんを返してよぉ……っ」
リビナがジャックを突き飛ばした。ジャックはびくともしなかったが、リビナは勢い余ってベッドからずり落ちて、そのまま床に膝をついてしまった。
「おい、破片……」
こちらの注意は届かず、リビナは床に座り込んだ状態でわんわんと声をあげて泣き始める。
「危ないだろう、立て」
今まで接触を躊躇ってきたが、ジャックは初めて彼女に手を伸ばした。両脇を抱え、小さな子を持ち上げるようにしてベッドへ座らせる。怪我の有無を確認するため明かりをつけようと思ったが、真正面から洋服を掴まれていたせいでそれは叶わなかった。
「ネズ姉さん……」
しがみついて泣きじゃくる手を、振り払おうと思えばできたのに、できなかった。だからと言って頭を撫でてやることもできず、中腰の体勢のまま彼女を受け入れるだけ。
このどこにも逃しようのない悲しみを、ジャックは知っている。
心臓をひと突きにされたような耐え難い痛みだ。目を閉じても喉を枯らして叫んでも、消えることのない激痛だ。
次に襲ってくるのは凍てつくような虚無感だろう。ふとした時に思い出す面影に、幸せだった日々までが痛みの材料となって、じわじわと苦しみに染まっていく。
そんな泥濘に取り残されたまま身動きもできず、泣き叫んでは耐える日々。
さぞ痛いだろう。さぞ悲しいだろう。
「泣け。今はとにかく、泣け」
そして泣き疲れて眠ればいい。夢の中だけが、今は救いとなる。
リビナは言われるまでもなく、全身の痛みを逃すように咽び泣いた。強く握りしめられたせいで、洋服がクシャクシャだ。だがジャックは甘んじてそれを受け入れていた。
「姉さん……ネズ姉さん……」
「……」
「置いてかないでよぉ……」
かつて妹に向けて放った願いを、リビナもまた口にする。
気の毒に。生きる道を失い、愛を失い、寄るべもなく、それでもなお生き続けなければならないなんて。
「……ない。絶対……許さない! マリア・クラークス……!」
だが……リビナよ。おまえはその無念を、怒りの矛先を、向ける相手を間違えているんじゃないのか。
ジャックは言葉にできないその思いを飲み込みつつ、どうか耐え抜いてくれと心で願った。




