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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
ジャックの後日談
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6





 また今夜も泣いている。



「……っ、く、うぅ」



 リビナがここにやって来て幾晩が過ぎただろう。ジャックが仕事に行っている間にひたすら街で情報収集をし、なんの収穫もないまま帰宅する。そして夜は姉を偲び、涙で枕を濡らす。

 そんな彼女の毎晩のように繰り返される啜り泣きに、ジャックの寝不足は続いていた。


 マリア・クラークスの情報は手に入らない。それもそのはずだ。もともとランジェストン家が厳重にマリアを匿っていたところに、ジャックがリビナの件を手紙で伝えたせいで、さらに警戒を強めているからだ。ギンにも同じように伝えてあるから偶然出会うということもない。


 何も知らないリビナにとってみれば、さぞ歯痒い日々だろう。



「絶対……許さな……っ。……ケホッ」



 喉に引っかかって咳き込んでしまったようだ。ジャックは体を起こして、キッチンで水を用意した。



「ほら」



 水の入ったグラスを差し出せば、のそりと体を起こしたリビナが受け取り、口に含む。明かりのない部屋にカーテンの隙間から月光がわずかに入り込むだけ。おかげで涙は見えなかった。


 他にしてやれることなどなく、そのまま玄関のほうへ戻ろうとする。だが洋服の裾を掴まれて止められてしまった。



「ねえ。いい加減マリア・クラークスに会わせてよ。もう耐えられない……」



 ずきりと胸が痛むのを感じる。だが、その手をやんわりと払った。



「耐えろ。恨み言なら聞いてやる」



 リビナが勢いよくグラスを投げつけてきた。まだ水が残っていたせいで部屋着が濡れ、さらには床にグラスの破片が飛び散る。


 

「いじわる! 鬼、悪魔!」

「ああ」

「最低! 嫌い! 大嫌い!」

「そうか」

「……っ、ネズ姉さんを返してよぉ……っ」



 リビナがジャックを突き飛ばした。ジャックはびくともしなかったが、リビナは勢い余ってベッドからずり落ちて、そのまま床に膝をついてしまった。



「おい、破片……」



 こちらの注意は届かず、リビナは床に座り込んだ状態でわんわんと声をあげて泣き始める。



「危ないだろう、立て」



 今まで接触を躊躇ってきたが、ジャックは初めて彼女に手を伸ばした。両脇を抱え、小さな子を持ち上げるようにしてベッドへ座らせる。怪我の有無を確認するため明かりをつけようと思ったが、真正面から洋服を掴まれていたせいでそれは叶わなかった。



「ネズ姉さん……」



 しがみついて泣きじゃくる手を、振り払おうと思えばできたのに、できなかった。だからと言って頭を撫でてやることもできず、中腰の体勢のまま彼女を受け入れるだけ。


 このどこにも逃しようのない悲しみを、ジャックは知っている。

 心臓をひと突きにされたような耐え難い痛みだ。目を閉じても喉を枯らして叫んでも、消えることのない激痛だ。

 次に襲ってくるのは凍てつくような虚無感だろう。ふとした時に思い出す面影に、幸せだった日々までが痛みの材料となって、じわじわと苦しみに染まっていく。

 そんな泥濘(でいねい)に取り残されたまま身動きもできず、泣き叫んでは耐える日々。

 さぞ痛いだろう。さぞ悲しいだろう。



「泣け。今はとにかく、泣け」



 そして泣き疲れて眠ればいい。夢の中だけが、今は救いとなる。


 リビナは言われるまでもなく、全身の痛みを逃すように咽び泣いた。強く握りしめられたせいで、洋服がクシャクシャだ。だがジャックは甘んじてそれを受け入れていた。



「姉さん……ネズ姉さん……」

「……」

「置いてかないでよぉ……」



 かつて妹に向けて放った願いを、リビナもまた口にする。

 気の毒に。生きる道を失い、愛を失い、寄るべもなく、それでもなお生き続けなければならないなんて。



「……ない。絶対……許さない! マリア・クラークス……!」



 だが……リビナよ。おまえはその無念を、怒りの矛先を、向ける相手を間違えているんじゃないのか。

 ジャックは言葉にできないその思いを飲み込みつつ、どうか耐え抜いてくれと心で願った。





 

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