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なるほど、とジャックは理解する。
この警戒心のなさ、計画性のなさ。すべて彼女が聖女だったというのならば頷ける。
聖女は力の発現とともに親元から引き離され、教会に保護される。施される教育はもっぱら聖女の術であり、一般常識などはその範疇にない。それが田舎であるならなおのことだ。
こちらの予想通り、幼い頃から辺境のこじんまりした教会で暮らしていたと彼女は言った。
「今はどうしてるんだ?」
「そのまま教会にいたけど……」
現在の教会は、本来の地域貢献という機能を果たしていないところがほとんどだ。そのせいでお布施は途絶え経営難のところも多いと聞く。そこをいかに存続させていくかも、あの国の課題だろう。
「せっかく自由の身になれたんだ。親元に帰ればいいだろう」
「二人とも病気で死んだ」
「……」
そうか。と、一言だけ返して、ジャックは質問を切り上げた。
「防衛隊の女性専用宿舎に案内する。友人に泊めてもらえないか聞いてやる」
しかし、リビナは立ちあがろうとはしなかった。
「そうしたら、ジャックさんは私から逃げるでしょう? マリア・クラークスの居場所を教えてくれるまで、離れません」
「俺は本当に知らないんだ」
「ウソ」
さっきの男たちのことはあっさり信用したくせに、と皮肉を吐いてやりたかったが、意味がないのでやめた。
ジャックはその場に腰をおろした。
「さっきの男たちにも、マリア・クラークスのことを尋ねたのか?」
「そう。知ってるっていうから、ここまで案内してもらったんだけど、騙されてたみたい」
はは、と彼女は傷ついた顔で笑った。
「こんなに怖い目に遭っても、まだマリア・クラークスを探すのか?」
「うん」
彼女の目には、寸分の迷いもない。
まあ、そうだろうな。とジャックは思う。「なぜ」とは、聞かない。聞かなくてもこの身をもって知っているからだ。
「そんなに彼女を殺したいのか」
「……」
リビナは言い当てられたことに少しだけ驚いた様子だった。
「うん」
だがそれでも、はっきりと肯定の意思を示した。
あの頃のジャックと同じ、復讐の炎をその目に宿しながら。
リビナにはネズという七つ上の先輩聖女がいた。小さな教会に聖女は彼女と自分の二人だけ。幼い頃に引き取られてからずっと姉であり母のような存在でもあった。
治癒術が少しだけできるというだけの、聖女としてはそこそこの力量しかないリビナに対し、ネズは天候を変化させたり風を操ったり植物の育成を促したりと、その農村ではずいぶんと重宝されていた。
気が強く人懐っこいリビナとはこれまた対照的に、ネズは人見知りが激しく気の弱いところがあった。
そんな二人の聖女はデコボココンビとして村の人気者だった。一年前までは。
世界中を優しい光が包み込んだあの日。そう、聖女の力を失ったあの日から、村人たちの態度は徐々に変わっていった。
農作物の収穫量が減り、生活が困窮するようになったせいだ。恩恵を得られなくなった村人たちが、用済みとなった二人を冷遇し始めたのはしごく当然のことだったろう。
ネズの責任ではない。
だが気の弱いネズは心を病んで、自らの命を絶ってしまった。
「聖女のままでいられたら、ネズ姉さんは死ななかったのに。こんなの理不尽だよ」
「……」
リビナの身の上話に、ジャックは黙って耳を傾けていた。
チカラを奪われた聖女たちの末路。彼女たちだけではなく、世界中で同じようなことが起こっているのはジャックも知っていた。
「教会も存続が難しくなって、私、プレミネンス教会に助けを求めに行ったの。相談にはちゃんと乗ってもらえて、無事に手続きはできたんだけど……。帰り際、教会の敷地内で迷っちゃって」
田舎から出てきたリビナにとって、初めて訪れたプレミネンス教会はまるで迷宮のようだった。
ウロウロしつつ、迷い込んだ先は元聖女たちの居住エリアだった。
「その時に噂話を聞いたの。あの大聖女が、今はアルバ王国にいるって。名前も、その時に」
噂話の内容は、その大聖女が青き騎士と結ばれてアルバ王国で幸せに暮らしているという恋物語だった。
厳しいかんこう令が敷かれていると聞いたが、人の口に戸は建てられない。とくにプレミネンスにはマリアの顔見知りも多い。居住エリアならばなおのこと、マリアについて言及するものがいてもおかしくはないだろう。
「腹が立った。これだけ世界に迷惑をかけておいて、自分は責任も取らずに好きな男と遊んで暮らしてるなんて。そんな女に、ネズ姉さんが殺されてしまったなんて」
「……それで、敵討ちに来たってわけか」
「うん」
そうしてリビナはもとの教会へは戻らずに、ここアルバ王国までやって来たのだった。




