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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第四十二話 さよならは、潮風とともに
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出立の時




 夕焼けに染まった空の下、クリンは船着場に停められた一艘の船を見上げた。アルバ王国までは五日を要する。たった五日間の船旅にしては大きすぎるほどの立派な客船だ。すでにタラップが架けられて、クリンたちが乗り込むのを待っている。


 クリンは後ろを振り返った。

 聖女の国、ネオジロンド教国。この国はこれから混乱を極めるだろう。だがあの司教がトップにいれば、立ち直るまでにそう時間はかからないような気がする。


 

「……クリンさん」



 隣から声がして、クリンは視線を戻した。

 港特有の湿った潮風がミサキの短い髪を揺らす。

 船に乗るのは、クリン、セナ、マリア、そして頼み込んで来てもらうことになったジャックの四人だけ。もちろん船に従事する者たちは別としてだ。しかしミサキとはここでお別れである。


 帝国軍の馬車はすでに出発の準備ができているようで、アパルとミサキの他は皆、馬車に乗り込んでいるようだった。

 リヴァルも馬車の中だ。彼女は意外にもずいぶんと大人しく、帰国に関して抵抗するそぶりは見られない。ただ単に、聖女の力を失ったせいで体が動かないだけなのかもしれないが。どちらにせよ、帰国以外の未来は用意されていない。


 帝国軍はミサキの後ろで、そしてセナたちはクリンの後ろで、少し離れた所から二人の別れを見守っている。

 そんな気を遣われた空間で、いつまでも二人だけの世界に浸るのは難しい。



「……お別れですね」

「留学しに来てくれるんだろ? すぐ会えるよ」

「そう、ですが……離れたくありません」

「うん」



 ミサキの瞳から涙がこぼれ落ちるのを、クリンは止められなかった。

 冷たい潮鳴りが二人を包む。彼女との出会いも、潮風が運んできてくれた。


 最初はただ彼女の美しさに目を奪われただけだった。だけど打てば響くような会話の心地よさに、芯の強さに、時折見せる心の脆さに──いつしか目が離せなくなっていた。

 彼女の身分を知って、到底太刀打ちできないような高い壁に、打ちのめされた時もあった。恋が実ったあの日だって、高い壁のこちら側に引きずり下ろすことで、彼女を得ることができた。

 それなのに、今はもうその障壁に尻込みする弱い自分はいない。それを叩き壊す心の準備はできている。



「手紙書くよ。なるべく会いにも行く。……陛下が門を開けてくれればいいけど……」

「ふふ」



 少し茶化してみれば、ミサキは小さく笑ってくれた。



「いつか必ず陛下に認めてもらうから。それまで……お互い頑張ろう?」

「……はい」



 これは今生の別れなんかではなく、二人の未来へ繋がるプロセスのひとつに過ぎない。



「ごめんなさい。今度こそ笑ってお見送りします。……マリアのこと、よろしくお願いします」

「うん」



 返事をするクリンの後ろでは、セナも小さく頷いている。マリアはいまだセナの腕の中で意識を手放したままだ。



「……」



 親友と、まさか別れの瞬間に言葉を交わすことができないなんて思っていなかった。せめて一言、労いの言葉だけでもかけてあげたかったのに。

 でもそれはいつか会えた時の楽しみにとっておくのだと、ミサキはぐっと涙を飲んだ。



「セナさんも、色々とありがとうございました」



 別れの前の挨拶として、ミサキは一番ふさわしい言葉をセナへ送った。セナは「おう」と短く返事をするだけで、それ以上会話を広げるつもりはないらしい。


 ミサキは旅の始めから、マリアの騎士になるようセナを説得していた。司教の脅しに屈した形とは言え、結果的にセナは騎士になり、ずっとマリアを守ってくれていた。


 ただ、改めて感謝を口にしたのはこれが初めてである。

 実を言うと、セナにだけは素直になれない理由があった。


 兄弟だから仕方ないとは言え、クリンの一番の関心はいつだってセナに向いていたし、何を考えるにしてもセナが最優先だった。あげく親友のマリアまで、いつの間にか自分よりもセナを頼るようになっていた。最初から旅に同行していたのは私なのに、と拗ねそうになったことは少なくない。

 恋人の関心も親友の信頼も見事にかっさらっていくセナは、自分にとって最大のライバルだったのだ。


 だが別れを前にした今、口から出るのは感謝の言葉しかない。けっきょく彼には負けっぱなしのままだ。

 だからミサキは今回も意地悪で締めることにした。



「セナさん。寝ているマリアに変なことしたら天罰が食らいますからね」

「アホか!」



 カッと目をひん剥いたセナに、ここぞとばかりに畳み掛ける。



「たしかに王子様のキスで眠り姫が目を覚ますというのが王道ですが、眠ってる間に許可なく奪われるなんて現実的には気持ち悪いですからね。あ、でもゲミアの里の時のように、人命救助はノーカンですよ。あれはセーフです」

「…………」



 一瞬でセナの顔色が赤から青に変わった。マリアはいまだにアレはクリンが施してくれたと勘違いしている。この様子だと、まだまだ真実を教えるつもりはないらしい。

 セナの弱点をつつけて十分満足したところで、「では、マリアが目を覚ましたら手紙で知らせてくださいね」と締めくくる。

 セナは苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、諦めの境地に入ったのか反論はこなかった。


 そうして船はいよいよ出航の時間となった。



「それじゃあ、元気で……」



 と、クリンたちが船のほうへ足を向けた、その時だった。



「──待って! 行かないで!」



 その呼び声とともに帝国軍からざわめきが生まれた。

 声を上げて馬車から飛び出してきたのは、リヴァルだった。失った片足のせいでうまく馬車のステップを降りられず、彼女は盛大に転んで床に体を打ち付けている。突然の行動に、従者の誰一人支えることができなかったようだ。


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