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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第四十二話 さよならは、潮風とともに
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いつかまたこの国に


 クリンは支えている腕を引き離し、セナへと向き直った。



「セナ、自分で立てるか? 僕はマリアを背負うから……」

「いや……」



 セナはクリンの言葉を遮って、鈍い動きでミサキの腕からマリアを受け取ると、泉の中から立ち上がった。一度足がフラついて泉に戻されはしたが、押し潰されそうな重力に抗って、なんとか立ち上がることに成功する。


 これは自分の仕事だ。言葉こそなかったが、伝わってくるその想いには誰も口を挟むことはできなかった。

 クリンは苦笑しつつ、彼に並んで立ち上がった。



「クリンさん、ちょっとだけお時間をもらえますか」



 泉から出た直後、ミサキが足を止めてそう言った。



「どうしたんだ?」

「司教さんの今後のために……少しだけお節介を」



 そう告げたあとで、ミサキは司教のもとへ向かった。そして帝国式の綺麗な挨拶をした。



「大司教フォルシエル様、此度はリヴァリエ皇妹(こうまい)殿下の帰還にご助力をいただきまして、ありがとうございました。ジパール帝国皇帝代理として、厚く感謝を申し上げます」



 自身の胸に手を当てて、深い謝礼を述べるミサキを見て、神父や周囲の聖女たちは顔を強張らせている。

 司教はミサキの思惑をいち早く理解して、友好的な笑みを浮かべた。



「恐縮でございます、皇女殿下。両国の和平のために、こうして約束を果たせたことに安堵しております」

「ええ、これで両国の関係回復は確約されたも同然でしょう。きっと皇帝陛下もお喜びになりますわ」



 ミサキは周囲へ釘を刺したのだ。リヴァルの救出劇は帝国との約束事であり、これを反故にすればせっかくこじつけた停戦が無に帰すことになるのだぞ、と。

 その停戦をこぎつけたのは他でもない、この司教だ。帝国との潤滑油である彼女を、教国側もおいそれと処罰はできないだろう。つまり、これは司教への助け舟にもなるのだ。



「ずいぶんと意見が割れていらっしゃるようでしたが、安心しました」



 ミサキはちらりと神父へ視線を投げかけた。神父はぎくりとし、肩をこわばらせている。自分の今後の言動が、両国との関係性に影響を与えるものだということを自覚したらしい。今度こそ、否定の声は出なかった。これでリヴァルの帰還は決定的となったわけだ。






 教会が崩れ落ちたのは、クリンたちが外に出て間もなくのことだった。司教の的確な指示のおかげで避難は滞りなく進み、幸いにも死者は出なかった。

 周辺にはリヴァーレ族に襲われた痕跡が痛々しく残っており、教会の存続は難しく思える。


 クリンたちはすぐに港へ向かう馬車に乗り込んだ。ミサキや帝国軍も港まで見送りに来てくれることになっている。だが、司教とはここでお別れだ。

 マリアとセナが一番手で馬車に乗り込んだタイミングで、司教は言った。



「今さらながら謝罪いたします。リヴァルを誘き出すためとは言え、あなた方にはずいぶんと不快な思いをさせてしまいました」



 それぞれの脳内には出会った頃の司教の姿が思い描かれていた。

 なかなかに最悪な出会いだった。会うたび誰かしら痛めつけられた記憶しかないが、今ならばわかる。長きに渡るリヴァルの呪縛から解き放たれるために、彼女も必死だったのだ。



「……今さら謝罪されたって許すつもりなんかねえよ。おまえがコイツにしたこと一生忘れねえからな」



 セナはその謝罪を拒絶した。

 頭の中には、いまだにゲミア民族の里での苦い記憶が残っている。逃げ場のないテントの中、満身創痍のマリアに対して取った彼女の非情な行為。マリアの悲痛な叫び……。

 幸いマリアはあの時の出来事を覚えていないが、セナが告げ口しないのは司教のためではない、マリアに傷ついてほしくないからだ。



「少しでも申し訳ないって思うなら、この国をまともな国に作り直しておけよ。コイツがいつかまた帰って来たいって思えるような、そんな国に」

「……」



 司教は眠ったままのマリアへ視線を移した。

 才能はありながらも、奴隷の子どもという厄介な立場にいた部下。直接指南したことはないが、彼女は悪い意味でも良い意味でも有名だった。

 彼女は赤ん坊の頃、聖女の力を制御できずに建物ひとつ吹っ飛ばしたことがある。それ以来、外の物置小屋に住まわせるようになったと聞く。孤独な環境に追い込まれた彼女が聖女として容易く洗脳されたのは当然のことだったろう。

 だがその寂しさ故か、彼女は他者に対して優しすぎた。

 


「聖地巡礼の任は難しいだろうと思っていました。困っている者を見捨てることのできない彼女です、きっとリヴァルを殺すことはできないだろうと。そういう意味では、ライバルのアレイナ・ロザウェルのほうがよほど適正があったと思います」



 だから、司教はセナを利用するためにマリアを捨て駒にすることを選んだのだ。



「ですが私の見る目は腐っていたようです。彼女は素晴らしい聖女でした。だからこそ、彼女は二度とこの国に帰って来るべきではないと思います」



 もう二度と、利用されないように。そう言った司教の言葉を、セナはふんっと一蹴した。



「コイツがどこの国を訪れるかなんてお前が決めることじゃねーし。いいからお前はこの国の復興のことだけ考えとけよ。……いつまでもコイツに責任を感じさせんじゃねえぞ」

「……おや」



 なかなかに殊勝なことを言うセナに、司教は意地の悪い笑顔を浮かべた。いつもの調子を取り戻したようだ。



「さすが聖女の騎士、歯が浮くようなセリフもサラッと吐ける忠誠心は見事なものです。やはり私の目に狂いはなかったのですね。つまり考えようによっては、今のあなたたちがあるのは私のおかげと言っても過言では……」

「るせえ、調子のんなババア」



 セナはバンッと馬車の扉を閉めた。それを見て、司教とクリンは初めて声に出して笑い合うのだった。








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