表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第四十二話 さよならは、潮風とともに
312/327

儀式の行方


 どれほどの時間が経過したのか。長い夢を見ているようで、あるいはほんの一瞬の出来事だったのかもしれない。

 非現実的な空間は、やがて光の減少とともに正常な時間を取り戻していく。

 その静寂を最初に打ち払ったのは、クリンだった。



「──セナは!?」



 いまだ瞼の裏が点滅しているような感覚を覚えながら、なんとか目をこらして見つめた先は、泉の中心にある虹色の光。



「セナ!」



 消えないでくれ!

 心の中で祈りながら弟の名を呼び続ける。


 光源となっていた泉の中心はやがてその光を失い、彼らの姿を形取っていく。

 その直後、彼らは激しい水音をあげて泉の中に倒れた。



「セナ!!」

「マリア!!」



 くらくらする頭に耐えて、クリンは弟のもとへ駆けつけた。と同時に、ミサキが護衛を置き去りにして駆けてくる。

 セナは泉の中で膝をつき、固く目を閉じたまま何かの苦痛に耐えているようだった。



「セナ、しっかりしろ!」

「……っ」



 目に見える外傷は確認できなかったが、呼吸がうまくできていないのか、不規則な音が唇から漏れている。こんな症状なんか見たこともなく、どうすればいいのかわからなくて恐怖が押し寄せる。



「セナ! いやだ、死ぬな! 死なないでくれ!」

「……っ。……き……」

「!?」

「い、き……てやる!」



 突如、セナはその手を伸ばして宙を掴んだ。反射的にその手を握ってやれば、力強く握り返してくる。それからセナは何かを吐き出すように咳き込んで、酸素を貪り始めた。



「はぁっ、はぁっ」

「セナ! しっかりしろ、セナ!」



 戻ってきた!

 確かな手応えを感じ取り、もう片方の手でセナの肩を支えて声をかけ続ける。

 しだいに、こわばっていたセナの体が徐々に和らいでいくのがわかった。



「体が……重い」



 やがて落ち着きを取り戻したセナが、ぽつりとつぶやく。

 その言葉のとおり、支えているこちらの手にセナの重みが伝わってきた。ほとんど体には力が入っていないように思える。

 ゆっくりと開いた瞳の色は、以前の金色よりも少し澄んだような、透明感のある金。



「……でもちゃんと……生きてる……」

「ああ……!」



 力強く頷いてやれば、セナはわずかに顔をあげて、笑みを浮かべ返した。

 その笑顔を見たら一気に安堵が押し寄せて、思わず涙が溢れ出る。


 しかし、これですべてが終わったわけではない。ここから先は、想像を越えた未知の領域だ。



「どういうこと……!?」

「力が、入らない……!」



 光の波が引き、通常を取り戻した空間に、聖女たちの動揺の声が広がる。

 そこでクリンはようやく周囲に目を配った。聖女たちが皆一様にその場に倒れ、混乱を訴えている。



「成功……したのか?」

「マリア! しっかりして、マリア!」



 すぐ近くでは、ミサキが何度もマリアの名を呼んでいる。マリアは気を失っているのか、ミサキの腕の中でぐったりしている。

 泉の端では、ジャックに拘束されたリヴァルは意識こそあるものの、動くことも喋ることもできないようだ。

 ディクスは……やはりどこにも見当たらない。


 周囲をぐるりと見渡して、司教の姿を見つける。彼女も同様に、苦痛の表情を浮かべて床に膝をついていた。



「くっ……。まさか、これほどとは……」



 彼女は重たい体をなんとか奮い起こして、手のひらをリヴァルにかざした。しかし、その手からは何も起こらず、ただ宙をとらえるだけ。



「ふ……くくっ。あはは……っ」



 司教は一度自分の手のひらを確認し、そして笑った。



「やっと、やっと解放された……!」



 相変わらず体は重く、倦怠感がのしかかる。だが、胸の奥底から歓喜が溢れて止まない。

 この日がくることを、どれほど夢に見たことか。もう誰かの道具として生きることも、誰かの命を無意味に奪う必要もないのだ。



「自由に……なれた……!」



 片手をぎゅっと握り、目を閉じて解放感を噛み締める。気がつけば涙がこぼれ落ちそうになって、ぐっとそれを飲み込んだ。



「は……」



 司教が喜びに浸ったのは、ごくわずかな時間だった。静かに息をひとつ吐いて冷静さを取り戻すと、彼女は重たい体を引きずって泉の縁までやってきた。


 その目はまっすぐにマリアをとらえている。彼女がどう出るのか予想がつかなくて、クリンとミサキは息を殺して出方をうかがっていた。



「マリア・クラークスは……起きないのですか」

「はい……」



 ミサキの返答に、司教が深く頷く。



「無理もありません。普通の聖女ですら、この有様です。力の強い聖女ならば、なおさら体に負担がかかるのでしょう」

「死んだりしませんよね!?」

「さあ、わかりません。とにかく、あなたがたはさっさと立ち去る準備を」



 そこまで言って、司教は神父や聖女たちに振り返った。



「大司教フォルシエルがここに宣言します。今、儀式は成功をおさめました! 聖女マリア・クラークスがリヴァーレ族を殲滅したのです!」



 儀式の間に、司教の声が響き渡る。そこで全員の視線がリヴァルへと移された。

 リヴァルはまだ生きている。当初の予定とは違った結末に、事情を知らされていない者たちはみな戸惑っているようだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ