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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第四十話 終わりの準備を
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未来設計図


 司教がノートに手を伸ばしてきたが、クリンはさっと持ち上げてかわした。



「まだです、まだ渡しません。だってこれはとてつもない名案なんですよ。他の国に知られたら先回りされてしまいます。発案者は僕なので、僕とともに計画を遂行してくれる人にしか教えません」

「……それで?」



 じゃあいいです、と言われなかったことに、クリンは確かな手応えを得る。

 まだ間に合う。司教がまだ、教国の行く末を案じてくれているなら。



「読みたいなら、約束してください。必ずこの計画に加わってくれると」

「読んでもないのに安易な約束はできませんよ。それこそ教国の未来に関わるではありませんか」

「へーえ。ネオジロンドが心配ですか? それならなおさら、死んでる場合ではありませんね」

「…………」



 司教は呆れ返ってしまったようだ。

 こんなの、まるで駄々っ子である。おまけに契約書も用意していない、単なる口約束だ。こんないい加減な話など交換条件にもならない。


 だが、それでもクリンは確信している。司教は絶対に食らいつく。そして読んだあとは、きっとこの計画に賛同してくれると。



「……はあ」



 司教は天井を仰いだ。シャンデリアを吊るしていた箇所から亀裂が入って、パラパラと破片が落ちてきている。

 やがて崩れてしまうだろう、この教会も。ネオジロンド教国も。



「私の役割は、帝国との停戦までだと思っていたんですがね……」

「そんなもったいないこと、させません。あなたは有能なんですから」



 任務のために非情になれる責任感と、遺される者のために動ける誠実さがある。やはりこの人も、腐っても聖女なのだ。


 司教は肩をすくめて笑ったあとで、目を閉じた。それからわずか数秒後、ゆっくりと開いたその瞳には確かな決意が宿っていた。



「いいでしょう、クリン・ランジェストン。あなたの愚策に釣られてさしあげましょう」

「……!」



 手を差し出してきた司教のことを、クリンはじっと見つめる。

 嘘や誤魔化しではなさそうだ。


 素直にノートを手渡せば、司教はさっそく表紙を開いて読み始めた。



「『第二のラタン計画』……ですか」

「はい」



 クリンが発案したのは、北半球における医療国家の設立だ。

 あの軍事国家のジパール帝国ですら、輸血の方法を知らなかった。しかし残念ながらそれは帝国だけの話ではなく、どこの地域でも医療に対する意識は低い傾向にある。

 病気も、怪我も、聖女様が治癒してくれるのだから、そこまで医療に対して需要がなかったのだ。殊更、このネオジロンドにおいてはそれも顕著だろう。


 だが、今後は需要がのびて供給が追いつかなくなるはずだ。

 そこで、クリンが白羽の矢を立てたのが平和と慈愛の国、ネオジロンド教国である。



「南半球のラタン共和国には医療使節団があります。要請すれば、そう間をおかずに派遣されるでしょう。彼らから医学を学び、北半球の医療国家としてこの国を再生させるんです。ネオジロンド教国の理念をそのままに」

「……『世界に平和と安寧を』……」

「はい!」



 力強く頷いたクリンから視線を下げて、司教は再びノートを見る。

 まだ、計画は未定も未定だ。それどころか土台すらできていない。こんなもの、夢を書き綴っただけの『妄言』ではないか。

 そう言い返すことは簡単だった。


 だが、すでに司教の頭の中ではものすごい量の思考が飛び交い、処理をし始めている。


 この世界に、治癒術を使える聖女は少なくない。その全員が医学の道を歩むかと言ったらそうではないが、少なくともひとつの救済措置にはなる。

 そしてこれは世界にとっても重要な事業になるだろう。弱小国としてイチから建て直すのもやむ無しと考えていたが、これならば凌げるかもしれない。


 

「なるほど。聖女たちの職業斡旋にも繋がり、他国との関係性を悪化させないための防衛策にもなる。その上、各国の教会を医療施設としてそのまま再利用すればイチから作るよりもコストがかからない。実現可能であり、継続可能、なおかつ南に模範となるサンプルがあるゆえローリスクで利益を享受できると」

「そうです。それに万が一、帝国から終戦の意を翻されたとしても、ラタンや他国が後ろ盾となってくれるでしょうしね」

「……」

「生物兵器の脅威だって完全に潰えたわけではありません。でも生物学を学んでおけば対抗策が見つかるかもしれません。無知でいるよりはいいでしょう」

「あなたは、そんなことまで考えて……」



 ミサキたちから離れて会話をした理由を、司教は理解したようだ。

 ゼロではない万が一の可能性を、さすがにミサキの前では口にしたくなかった。そして医療国家設立を帝国に横取りされてしまわないための予防線でもある。



「いいんですか? 発案者があなたであるといつか知られてしまった時に、帝国に恨まれてしまいますよ」

「それは困ります。なのでその日がきたら、僕を全力で擁護してくださいね」

「知りませんよ、そんなこと」



 ふっと笑い合ってから、司教は目を閉じる。

 しかし、事はそんなに都合よく動いたりはしない。

 学問はそれなりに資金を要する。果たして国庫を放出するだけの余裕がこの国にあるだろうか。各地を経営している領主たちから協力を得られる保障はない。むしろ好機とばかりに権力者の椅子を狙ってくるだろう。

 彼らを退け、納得させられるだけの材料は、これから用意せねばならない。残念ながら国政に携わっていない自分にその力はない。教皇ではない、今の自分(・・・・)には。


 この少年、それを知っての上でとんでもなく高いハードルを用意したのだろう。

 だが……



「おもしろい」

「!」



 司教はクリンへノートを返した。



「やってみましょう、クリン・ランジェストン」

「……本当ですか!?」

「ええ。なかなかに奇抜なアイディアですが、悪くはありません」

「じゃあ……」

「あなたの思惑どおり、死ぬ暇がなくなってしまいましたよ」

「ですよね!?」



 やれやれとでも続きそうな司教の言葉に、クリンはガッツポーズで素直に喜ぶ。


 司教にはそれが不思議で仕方がなかった。

 自分の命に、この少年の益になるような価値はない。それなのに命を手放そうとした自分を拾い上げ、生きるための役割を用意した。そしてこの喜びようだ。

 きっとこの少年は誰よりも命を尊び、誰ひとりとして見捨てるつもりはないのだろう。



「クリン・ランジェストン。ネオジロンドに道標を示してくれた、あなたに感謝を」

「こちらこそ、よろしくお願いします、司教さん!」



 固い握手をかわしながら、クリンは胸が熱くなるのを感じていた。

 司教が思い直してくれたこともそうだが、彼女は人の命の重みを知っている人だった。それがわかったことが何より嬉しいのだ。

 自分たちが壊してしまうこの国を、きっとこの人ならば代わりに支えてくれるだろう。

 


「さっそくコリンナさんに手紙を送りましょう! きっと力になってくれる。もちろん、僕の両親だって」

「ああ、そういえばあなたのお父君はお医者様なのでしたね」

「それだけではありませんよ。母は薬師なんです。医学には必ず薬学もセットでついてきます。二人とも強力な助っ人になってくれるでしょう。だからこそ司教さん、僕と一緒に計画を立てる必要があるんですよ、わかりましたね?」

「はいはい。そうしてあなたは、さらなる功績を手にするおつもりなのですね」

「…………バレました?」

「さもありなん」



 ぺろりと舌を出したクリンを見て、司教はもう一度笑った。それは、今まで見たこともないような柔らかい笑顔だった。






ネオジロンドにもわずかに光が見えました。

さて、次の章でいよいよ巡礼の試練が終わります!

もうすぐ完結……。どうぞ最後まで応援お願いします!

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