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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第四十話 終わりの準備を
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レインの最期


 命を人為的に産み出しては弔いもなく海へ流す、そんな行為を繰り返して長い長い年月が流れた頃。

 

 ──あの日、実験は初めて成功をおさめた。

 十月十日を馬鹿みたいに待ち、満を持して取り上げた赤ん坊は、五体満足の塊だった。

 リヴァルは歓喜に震えた。

 調べたい。これがどんな成分でできているのか、ヒトとして成長を遂げることが可能なのか、観察したい!

 

 さっそく血液を採取しようと、準備のために作業台の上にソレを置いた、その瞬間だった。ベッドの上の泥人形が暴れ始めて、拘束具を壊し、赤ん坊を奪ったのだ。

 もちろん、リヴァルはすぐに奪い返そうとした。だが、それを止めたのはレインだった。



「やめろ、姫さん。もうやめてくれ!」

「放して!」



 そうして揉み合いをしているうちに、赤ん坊を抱えた泥人形は赤い光を生み出し、二人へ向かって撃ち放った。

 レインはその身を挺して彼女を守り、赤い光に胸を撃ち抜かれて命を落とした。


 あの時、なぜレインが泥人形ではなくリヴァルを止めたのか、答えを知る者はいない。

 十月十日の間に泥人形に対して情けが生まれたのか、本当は子どもなどほしくなかったのか。それとも……これ以上、彼女に命を弄んでほしくなかったからなのか。

 ただひとつわかるのは、その答えを知るレインはもうこの世にはいない。それだけだ。

 

 事実、この異様な環境下に置かれたレインは人知れず心を病んでいた。リヴァルが生粋の研究者気質だったのに対し、レインは不幸なことに普通の人間だった。この閉鎖空間に対するストレスも、死んでいく命に対する罪悪感も、人並みに持ち合わせていたのだ。

 いつの間にかレインが笑わなくなっていたということにリヴァルが気づいたのは、彼が死んでしばらく経って、彼の笑顔をどうしても思い出せないと知った時だ。


 だからこそ、独り残されたリヴァルはより一層、研究に没頭した。彼の笑顔にもう一度触れるために。死に際の、自分を否定した彼の声を記憶から打ち消すために。






「どうあっても私を否定するというのね。レインも……教会も、みんな、みんな……!」



 リヴァルはディクスに向けて光を放った。計算のない、感情に任せたままの攻撃など当たるはずもなく、ディクスは難なくかわして距離を詰める。



「どうしてわかってくれないの!? 私はただ、レインの子が欲しかっただけなのに!」



 何度か放たれた攻撃をすべて回避し、ディクスはリヴァルに突進した。体当たりの要領で壁に叩きつけ、そのまま両腕を拘束する。



『嘘つき』

「……!」

『実験が楽しかっただけのくせに』



 脳内に直接響いたディクスの言葉に、リヴァルはカッと目を見開いた。



セナ(こども)が生まれたから喜んだんじゃない。実験が成功したから喜んだんだ』

「違う!」

『それに気付いたから、レインはセナを逃したんだよ』

「違う! 違う、違う!」

『もうセナの命を侮辱するのはやめて。これ以上、泥人形(わたしたち)をオモチャにしないで』



 リヴァルは全身から光を放った。



「ディクス殿!」



 ジャックが駆けつけるも間に合わず、光に弾かれるようにしてディクスは作業台を巻き込みながら吹っ飛ばされる。全身に痛みが走り、ディクスはすぐに起き上がることができなかった。


 リヴァルが二体の泥人形を生み出す。そして作業に集中するために、自らを結界の中に閉じ込めた。

 無作為に生み出した泥人形は獰猛な虎に酷似しており、しかしその口元には通常のそれよりも長く鋭利な牙が存在している。明らかな敵意を感じ取り、ジャックは抜刀して構えを取った。

 


「来い!」



 動けないディクスを守るため敵の意識をこちらに集める。知能の低い泥人形はあっさりとジャックの誘いに乗った。

 咆哮とともに飛びかかってきた獣を難なくかわし、すれ違いざま、鼻っ柱を叩き斬る。泥人形にも痛覚はそれなりに備わっているのか、その場でもがき苦しんだまま動けないようだ。騎士学校時代に経験した野犬退治の実習が役に立った。


 赤く光る石を腹部に見つけたが、壊す前にもう一体の猛獣が襲いかかってきた。こちらの隙を窺っていたのだろう、ソレは音もなく俊敏な動きで飛びかかってきた。



「くっ……」



 すんでのところで回避したあと、バックステップで距離を取る。獣は地面に着地するなり、間を置かずして飛びかかってきた。ジャックは真っ向から剣を突き出す。剣先は獣の瞳よりわずか上、そこに埋め込まれた赤い石をとらえていた。

 ひと突きで砕かれた赤い石とともに、獣は声もなく砂と化して崩れ落ちていく。


 そこへ真横からもう一体の獣が襲い掛かってきた。どうやら体勢を整える時間を与えてしまったらしい。

 ジャックは咄嗟に左腕を差し出した。回避は間に合わない、本能的に致命傷を避けるため腕一本失うことを覚悟したのだ。

 だが牙が届くより前に、獣の脳天を氷の刃が貫き、ジャックの手前で崩れ落ちた。



「司教殿!」



 やや離れた箇所から手をかざしているのは司教だった。



「ずいぶんと賑やかですね。おかげですぐに居場所がわかりましたが」

「助太刀、感謝する」



 獣が痙攣している隙に、ジャックは胸元の赤い石を砕き、とどめを刺す。そして倒れているディクスのもとへ向かった。



「ディクス殿、立てるか?」



 ジャックが手を引けば、ディクスは鈍い動きで立ち上がった。

 リヴァルは司教が来たことに気づいていないのか、気づいていたとしても興味がないのか、こちらを見るでもなく作業に集中しているようだ。

 ベッドにくくり付けられた泥人形の腹部がはち切れんばかりに膨れ上がっていた。



「なるほど。青き騎士は、こうやって作られたわけですか」



 司教はこの異様な光景を冷静に眺めつつ、なぜセナが母親を頑なに拒絶するのかを理解した。と同時に、クリンたちが導き出した聖女の力を奪うという決断に、納得せざるを得ない。



「こんなことは……私たちの代で終わらせなければなりませんね」



 司教は右手をかざした。



「いいですか。私が術を発動させたら、そこの騎士はリヴァルを拘束してください。ディクスとやらは、彼とリヴァルを連れて地上へ」



 簡潔にくだされた指示に、ジャックとディクスは頷く。


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