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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第四十話 終わりの準備を
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リヴァルの宮殿へ





 ──カツン、と甲高い足音がひとつ。見覚えのある謁見の間は静寂で包まれている。

 司教が辿り着いた先に、リヴァルの姿はなかった。


 こちらが来ることを予測して逃げたのか。だとしても、地上に逃げることなどあり得ない。彼女はこの宮殿のどこかにいるはずだ。



「あまり時間がないんですけどねぇ」



 リヴァルの力は、探知ができない。ひと部屋ひと部屋探すのは骨が折れそうだと、司教はため息をひとつこぼした。






 一方のディクスとジャックは別の部屋にいた。

 ジャックにとっては丸っきり初めての場所だが、そこは聞いていた宮殿とは違った研究所のようで、一瞬まったく違うところへ飛んできたのではないかと戸惑いが生じた。

 そうでなくても、隣にいるディクスという少女は言葉での意思疎通もできない相手だ。


 だが、その心配はすぐに解消された。

 ディクスの視線の先、作業台の奥で背を向けたままの女性を発見したからだ。

 黒檀の長い髪。振り向いた女性の瞳が暴走したセナと同じ赤褐色であることから、おそらくあれがセナの母親で間違いないだろう。



「……あら、意外なお客さまね。どなた……?」



 女性は、たおやかに微笑んでいた。



「お初にお目にかかります。急な来訪、失礼しました。俺はクリンたちの友人です」

「まあ……そうなの」

「あなたは、リヴァル殿で間違いありませんか」

「ええ」



 ここまでまともな会話が成立するとは予想外で、ジャックは次の手に迷う。武力行使を覚悟していたが、もしかしたらこのまま説得ができるのではないだろうか。


 そう考えた矢先、彼女の背後から甲高い悲鳴が聞こえた。見れば、ベッドの上に横たわる裸体。……人のようなモノ。そして額にこうこうと光る、赤い石。


 ジャックは瞬時にそれがリヴァーレ族であると気付き、全身の毛を逆立てた。セナがどのようにして生まれたのか、簡単な説明はクリンから聞いたことがある。もしかして今、自分はその場面に立ち会っているのではないだろうか。



「……ソレは……」

「ああ、いけない。ちょっと集中させてくれるかしら。コレが最後のチャンスなのよ」

「……最後……の」

「ええ。レインの精子はこれで使い切ってしまったの」

「……」



 ジャックはごくりと生唾を飲み込んだ。

 やはり、いま行われているコレは……。


 状況を把握して、一番に脳裏に浮かんだのはセナの顔。彼の命に否定的な感情は抱いていない。だが、彼がこの事で苦しんでいるのも事実だ。止めに入ったほうがいいのではないだろうか。

 いや、しかし……。リヴァルの、恋人に対する執着心の強さはクリンたちから聞いて知っている。止めに入って、あまり神経を逆撫でしたくはない。


 ジャックが迷っている間にも、リヴァルは泥人形に向かって光を放った。すると泥人形の腹部がみるみるうちに肥大化した。



「……っ!」



 幼少期から当たり前に目にしてきた聖女の光。だが、今見ているそれはずいぶんと禍々しく、とてもじゃないが神聖的なものには見えない。

 あまり本能で動く(たち)ではないが、ジャックは考えるよりも先に止めに入ろうとした。


 が、先に動いていたのはディクスである。光のナイフを生み出して、リヴァルの背中へと迷いなく放った。

 すぐにその光はリヴァルによって打ち消されてしまったが、二度、三度と連続で放ち続ける。リヴァルの作業を中断するには十分だった。



「また邪魔をする気?」



 リヴァルはディクスに向かって手のひらをかざし、ディクスの胸にひそむ赤い石を砕こうとした。だが、赤い石が光ったのは一瞬だけで、火花のような白い光が石を守った。


 マリアの力が干渉しているのだと、リヴァルはすぐに気がついた。操ることができない泥人形など初めてのことだ。それどころか、意思も自我もある。

 その不可思議な仕組みに対して好奇心が生まれたのも事実だが、それよりも研究を邪魔された腹立たしさが勝つ。ましてや、リヴァルにはそれ以上に許し難いことがあった。



「よりにもよって、その顔で邪魔するなんて。どうあっても私の研究を否定するつもりなのね……!」



 その言葉の意味を、ジャックはわからなかったがディクスには理解ができた。なぜならディクスにはリヴァルの記憶があるからだ。


 かつて、リヴァルの研究をこうして止めに入った者がいた。彼女の恋人、レインである。

 



 帝国にいた頃から、七つ年上のレインはよくリヴァルの研究ごっこに付き合わされていた。やれ薬の試飲をしろだの、珍しい樹液を採取してこいだの、とにかくこき使われていたが、決して隷属(れいぞく)的な主従関係があったわけではない。

 気が乗らなくて軽くあしらうこともあったし、リヴァルが危ないことをしようものなら真剣に注意をしたこともあった。


 この宮殿での逃亡生活も、リヴァルがおおむね満足していたのに対し、レインはどちらかというと終止符を打ちたがっていたほうだ。

 帝国へ帰るべきだ、逃げずに問題を解決するべきだ、と。

 レインは常に、やや危うさを伴うリヴァルのことをなんとかして光の当たる場所へ導こうとしていたのだ。


「じゃあ子どもができたら、帝国に帰りましょう」

 リヴァルはそう約束した。

 レインがその言葉に抗えなかったのは、恋人ゆえの甘さが原因か。皇女と従者。手ぶらで帰った二人に待っているのは破局だと、わかっていたからか。

 そして二人は、悪魔の研究に手を出し始める。


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