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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第四十話 終わりの準備を
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もう一度、誓いを


 クリンは両手でセナの胸ぐらを掴み上げた。


 

「遺言だ? ふざけんな! 何回同じこと説教させれば気が済むんだよ。おまえのすぐ諦める癖、直せって言ってるだろ」

「ちょ、苦し……」

「簡単に死んでもいいとか言うヤツなんかランジェストン家の墓に入れると思うな。お前の遺体なんて持って帰ってやんないからな。勝手にこの地で腐ってろよ。それが嫌だってんなら、何がなんでも生きるって言え!」



 普段のクリンからは想像もできないほど強い力で締め上げられて、セナは息苦しさを訴える。だが兄は解放してくれなかった。



「いいか。命なんてみんな同じだ。僕らの命に、意味なんかないし、価値なんかないし、誰かに許されるものでもない。ましてや誰かが誰かの命をジャッジする権利もない! だからお前の命に、世界の意思なんか関係ない! そんなものにお前の命を委ねるな!」

「……」

「それでも! もしもお前がこの世界から拒まれたっていうなら、僕はこんな世界いらない! 僕だってこんな世界なんか捨ててやる!」

「は、なんだそれ」

「笑うな! 世界中がお前のことを否定したって、僕は……僕だけは、お前に生きてて欲しいんだ!」

「……」

「生きるって言え。絶対帰ってくるって誓え!」

 


 広いエントランスにクリンの声が響く。


 これから立ち向かう相手は、根性論でどうにかなるものではない。もはや運任せみたいなものだ。

 それでも、この兄は聞きたいのだ。弟がみずから望む、生への言葉を。



「……わかった」



 最後かもしれないしな、と。セナはクリンの気持ちを汲み取ることにした。

 いや、違う。本当は、誰かにそう言ってほしかったのかもしれない。生きろと。お前に生きていてほしいのだと。

 汲み取ってもらえたのは自分のほうなのだ。



「生きる。……生きたい」

「……」

「絶対、帰ってくる。誓うよ」



 言わされただけの言葉なのに、口に出したら意外とそれは自分の中にストンとおさまる。

 ようやく納得してくれたのか、クリンは涙でくしゃくしゃな顔のまま、何度も頷いてくれた。胸ぐらは解放してもらえなかったが。



「セナさん。クリンさんだけではありませんよ。私だってあなたに生きていてほしいんです」



 クリンの横に並び、ミサキがポンっと左肩を叩いてきた。



「あなたが地下水路で『またくたばり損ねた』とおっしゃった時、私は本気で腹が立ったんですよ。あなたはいつも、自分の命を軽んじる。そんなことでマリアの騎士が務まるとお思いですか? 恥を知りなさい」

「そうだよ! あたしも腹が立ってる」



 続いて右肩を叩いてきたのは、マリアだった。



「あんたがあたしに逃げろって言ってくれて、生きろよって言ってくれて、どれだけ救われたの思ってんの? その言葉をちゃんと自分にも向けてあげてよ。あんたが死んだら、約束はどうなんの? あたしの探し物の旅は、これからなんですけど。ていうか、あたし、けっきょく貸し三つ返してないし」

「おお、そういやそうだった」

「ちゃんと返すまで、生きててくれなきゃ困るんだからね」

「……わかった。わかった、わかった。わかりました! お前らが俺のことめちゃめちゃ好きなのはよーくわかった!」



 降参のポーズをして、セナは誓う。



「セナ・ランジェストン、必ず生きて戻ります」

「絶対だな?」

「絶対、絶対! 誓います!」



 だからもー勘弁して。その言葉で締めた時、ようやく胸ぐらは解放された。せっかく着替えた騎士服だというのに、皺くちゃだ。



「へへっ。どこまでも青臭い奴らだな」

「うるさい」



 互いにそっぽを向いて、急激に押し寄せてきた気恥ずかしさを逃す。クリンは乱暴に自身の涙を拭った。



「村に帰ったら、おまえの誕生日を盛大に祝ってやるからな」

「あ? ……ああっ」

「おまえ、完全に忘れてたろ」

「忘れてた! まじか!」



 そういえば数日前にクリンが日記帳を確認していた。そこでセナはようやく自身の誕生日を思い出した。

 そう、今日はセナの十六歳の誕生日なのだ。

 ミサキもマリアもその事実を知らなかったのか、それぞれが驚いた様子だった。


 本来ならばとっくに巡礼は終わって、家族でホームパーティを開いているところだった。だが、急遽帝国へ行くことになったせいで大幅に帰郷が遅れてしまったのだ。



「祝いの言葉は帰ってきたら言ってやる。わかったな?」



 だから、必ず生きて戻れと。この兄の言いたいことが、切実に伝わってくる。

 


「はは。んじゃ、さくっと行って戻ってくるわ。な?」

「うんっ!」



 マリアが続いて行ってきますと言った。



「マリア、気をつけてね」

「うん! ミサキ、色々とありがとうね。ミサキがいてくれたからここまで来れたよ!」

「……マリア」



 思いがけない感謝の言葉に、ミサキは思わず涙ぐむ。

 クリンやセナとは違い、ミサキは最初からマリアの旅を見守ってきた。時に楽しく、時に過酷な旅だった。その旅も、今日で終わりを迎える。



「必ず帰ってきてね。待ってるから」

「うん!」



 温かい言葉に背中を押されて、セナとマリアは今度こそ試練へと向かうのだった。




 二人が扉の奥へと消えた直後、甲高い音が教会を包んだ。音ではなく、何かの奇声だと気づいたのは、建物が大きく揺れてから。窓の外に聖女の光が見える。襲い来るリヴァーレ族から教会を守ってくれているのだろう。



「皇女殿下、クリン殿。我々の中心へお入りください!」



 帝国騎士団から声がかかり、クリンたちは素直に従う。二人を囲い、騎士たちは銃を手に臨戦態勢をとっている。

 クリンと身を寄せ合いながら、ミサキは自軍へ目を配った。ざっと十数人。自分達を守るだけなら、こんなに数はいらない。



「アパル。外で応戦するわけにはいきませんか?」

「いけません。我々の任務は皇女殿下の護衛です」

「ですから、内と外で手分けしてください。攻撃が最大の防御とも言うでしょう」

「……我々に、聖女らと共に戦えとおっしゃるのですか」

「ええ」



 当然、騎士団はみな一様に渋い顔を浮かべた。いくら皇女の頼みでも、つい先日まで殺し合っていた敵国の人間に手助けをするなど、プライドが許さないのだろう。

 だが、ミサキは引き下がるつもりはなかった。この古い建物は、そう長くは持たない。リヴァルを捕まえるまでの、わずかな間だけでいい。マリアたちのためにもここを食い止めなければいけないのだ。



「儀式ができなくなってしまえば、どのみち終戦の未来はありません。この戦いこそが、帝国と教国の未来に光をもたらすでしょう。アパル、第一皇女の名の下に命じます。貴方を含む三名をここに残して、残りの兵をただちに戦場へ向かわせなさい。聖女たちとともに、敵の攻撃を食い止めるのです」



 




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