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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第四十話 終わりの準備を
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決意表明


 ランジェストン兄弟にとって、この旅は弟のための旅だった。弟の不思議な力の謎を解くために、そして解決策を見つけるために。

 それが今やこんな大きな出来事に発展しているだなんて、旅を始めた頃の自分たちに想像ができただろうか。


 それでも、やはりこの旅は弟のために用意されたものだったと思えてならない。

 マリアたちと出会ったことも、たまたま騎士になったことも、それらは単なる偶然だったはずなのに、父親のレインと繋がりを持ち、やがては真実へとたどり着いた。そして、この結末も。まるで運命だったかのようだ。


 だが旅の主役だったセナは、これまで胸の内を語ることが多くはなかった。



「いよいよ……っていうよりかは、俺にとってはさ……『やっと終わるのか』っていう感覚の方が強いんだよな。なんつーか、肩の荷がおりるような?」



 探し物だらけの旅だった。何一つわからなかった自分自身を見つける旅であり、見つかったあとでさえ道に迷う日々だった。いま、ようやく決着がつくのかと思ったら不安や恐怖より、安堵のほうが強かった。



「今だから言うけどさ。……笑うなよ? ずっとさ。……怖かったんだ。旅に出た時から、本当は自分を知るのが怖かった」



 自分の生い立ちも性格も深く理解している彼らだ。案の定、クリンたちは茶化したりはしなかった。



「病気だって宣告されるのも、見たことない症例だから研究対象とか実験動物みたいに扱われるのも……怖いなって思ってた。まあ結局はリヴァルの実験動物だったんだから笑っちまうけどな」

「おい」



 つい自虐のクセが出てしまって、クリンから軽いパンチをひとつ、胸元に受ける。だが、次の言葉はクリンをも黙らせた。



「あの日、リヴァルの城でアレを見て……まあ、衝撃だったよな」



 返事こそなかったが、ここにいる三人、誰もが同じ気持ちだ。あれは衝撃だった。殊更セナにとっては、自分の心臓を無遠慮に引きちぎられてしまうような、形容できない感覚に襲われた瞬間だった。

 今まで仲間内であの出来事を振り返ることはなかった。セナに気を遣ったということもあるが、おそらく誰もがあの時の恐怖や不快感を積極的に思い出すような作業をしたくはなかったからだろう。



「いまだに結構トラウマだよ俺。赤ん坊とか絶対に見たくねえし。俺、一生子どもいらねえわ」



 そうでなくてもコレが父親だなんて、生まれた子どもにどれほどの業を背負わせることになるのか。

 そんなふうに歪んでしまうくらいには、自分という生き物に向き合うことができなくなってしまった。



「でもさ……あれ以来、恐怖ってものを感じなくなった」



 その後も危機を感じる瞬間は何度もあったのに、不思議とセナの中には焦りや怒りはあれど、恐怖は生まれなかった。

 帝国で死にかけた時ですら、死の淵だというのに恐怖はなく、あまつさえリヴァルに生かされたことへ屈辱すら感じる始末だった。

 別に、率先して死にたいわけではない。生きたいかと問われれば難しい問題であるが、そういう話ではなく。

 あの時(・・・)を上回る恐怖など、自分には存在しないだけだ。



「おかしいよな、これから死ぬかもしれないってのに。全然、怖くねーんだよ。それよりも……やっと答えが出ることにホッとしてんだ」

「答え……」



 クリンが静かに反芻すれば、セナは頷く。



「儀式が終わった時のこと。俺は生きてんのかな。それとも消えてなくなっちまってるんかな。たぶんその答えをくれるのは、俺でもウチの聖女サマでもなくて、たぶん、もっと大きな……世界とかなんだろうな」



 もしも自分の命が残っていなければ、それは世界から拒まれたのだということ。この命に生きる価値などなく、無に()すのがふさわしいのだと宣告されたことになるのだ。



「そうなったらさ、潔く諦めてディクスと二人、あっちで楽しく遊んで暮らすわ。遺体はまあ……できるならランジェストン家の墓に……いや、近くでいいから、埋めてくれや」

「縁起でもないこと……」

「でもさ」



 クリンの言葉を制止して、セナは続ける。ここまでならば、単なる諦念(ていねん)に聞こえるだろう。まあ間違いではないが、セナが言おうと決めたことは次が重要だ。

 なかなか自分自身と向き合えなかった自分が、唯一出せた決意表明でもある。



「でも、もし儀式が終わっても生きてたら、俺も、この命を受け入れることにするよ」



 世界がこんな自分を受け入れてくれたのなら、生きていてもいいと言ってくれるなら、この生を受け入れて、生きる。死よりも許しがたいことだったそれを、やってみようと思う。



「まあリヴァルのことは……許すことはできねえけど。もう考えないようにする」



 どのみち聖女の術が消えてなくなれば、リヴァルとのつながりはひとつもなくなるのだ。この血肉に刻まれているのはレインの遺伝子と、提供してくれた子宮の持ち主。その二つだけ。あの金切り声をあげていた泥人形も、リヴァルのことも、忘れることはできなくとも、断ち切ることはできる。

 そしてようやく……『人』になれる気がするのだ。


 これから行う巡礼は、そのジャッジの場だ。

 人として生きることを許されるのか。それとも処刑で終わるのか。どんな結果になっても受け入れると決めた。



「だからさ、ま、見届けてくれや。んで、もしダメだったら……クリンには悪いけど、……父さんと母さんには、礼を言っといて。ランジェストン家に拾ってもらえてサイコーに幸せだったって」



 クリンはふるふると首を振った。



「やだよ、そんな酷なこと僕にさせるなよ。礼くらい自分の口で言え」



 いつの間にか兄の目には涙が溜まっていた。なるべく明るく語ったつもりだったが、さすがに内容が内容だけに重たい空気からは逃れられなかったようだ。そろそろ解放してやろうと、セナは一呼吸置いて、締めの言葉に入った。



「はい、以上。長々と遺言のご拝聴ありがとーございました」

「このバカ!」

「あイテっ」



 力任せのゲンコツを食らったら、思いの外痛かった。


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