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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第四十話 終わりの準備を
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怪物の砦


 ──ガシャン!

 リヴァルは作業台の器具を薙ぎ払った。それは勢いのまま床に叩きつけられて、派手な音を立てる。

 今日も実験は失敗に終わった。どうやっても、十五年前のあの成功体は生まれてこない。


 リヴァルは焦っていた。マリア・クラークスが最後の巡礼に旅立ったと聞いたあの日から、死への恐怖が今か今かと迫ってくる。その恐怖を払拭するために、無作為にリヴァーレ族を放ったり、何度も実験体を作ったりと気を紛らわせていたが、そろそろそれもできなくなってしまう。

 なぜなら、材料(・・)が底をつくからだ。



「あと一回分しかないわ……レイン」



 果たしてこの一回が無事に成功を収めるだろうか。ひとつ希望があるとすれば、あの成功体だ。アレに生殖機能が備わっていれば、また実験の続きができる。

 だから何度も泥人形を放っては見つけ出そうとしているのに……最近では司教や失敗作の泥人形が邪魔をしてきて、肝心のアレが来ない。

 もう、限界である。自分の命は、あとどれくらい残されているのだろうか。



「せめて、最後の実験だけは……」



 だから、それまでは生きていたい。

 リヴァルは次々に光を生み出し、地上へ向けて泥人形を放った。




挿絵(By みてみん)




 最後の朝だというのに、空の機嫌は最悪なもので、どしゃぶりの雨。遠くの空には稲光が見える。

 それでもそんな雨の中ジャックをひとりにさせるのは申し訳なくて、クリンは御者席に並んでいる。フードの中まで雨が入り込んできて、びしょ濡れだ。



「いやな空ですね……」

「だがこの風向きなら、夕方までには止むだろう」

「夕方……ですか」



 その頃には、すべてが終わっているだろうか。

 教会から船までは馬車を走らせて一時間程度だ。出航できるくらいに空が回復してくれているといいのだが。



「見ろ。シェルターが見える」

「直前で止まってください」



 ジャックの言葉に、クリンはそう指示する。

 リヴァルに襲われないよう、最後の教会がある都市にもシェルターが覆われていることは知っていた。

 しかし、この中に入ってしまえばマリアの術が使えなくなるし、ディクスは消滅してしまう。もちろん、リヴァルの力を受け継いでいるセナですらどんな弊害があるか知れない。だから、到着と同時にシェルターを解除してもらう手筈となっていた。



「……待て、様子がおかしい」



 ジャックは異変を感じ取り、急遽、馬車を止めた。雨で視界は悪かったが、クリンもすぐに気がついた。



「……リヴァーレ族!」



 草木が生い茂る雄大な景色の中に点在する都市、それを覆う巨大シェルター。そのシェルターを、無数のリヴァーレ族が囲い込んでいる。その数、ひとつやふたつではない。



「百……いや、二百はいるぞ」



 シェルターを取り囲んでいる泥人形はまったく統率されておらず、ただ空を旋回したり、土を掘ったりと自由に動き回っている。危機感もなくシェルターに触れて消滅してしまう個体もあれば、それを見て学習し、シェルターを遠隔攻撃する個体、ただ距離をとって警戒する個体と、知能指数はさまざまだ。

 さすがにシェルターの中に入られることはないが、住民の恐怖は想像に容易い。おそらく町中がパニックに陥っていることだろう。



「これじゃあシェルターを解除できない……!」



 さすがに多勢に無勢。為す術もない一行は、立ち往生してしまった。すぐ後ろに控える帝国の馬車も、こちらの動きに合わせて停車している。



「どうやらリヴァルのほうも限界のようですね」

「司教さん!」



 そこへ光とともに現れたのは司教だった。馬車の横に立ち、冷静にシェルターを眺めている。

 クリンは司教へ尋ねた。



「あのリヴァーレ族は、いつからあそこにいるんですか?」

「今朝、あなたがたが野営地を出立したのと同時くらいでしょうか」

「……もしかして、こちらの動きを悟られているんでしょうか」

「いえ、それはありません。だとしたら直接あなたがたを攻撃してくるはずです。あなたたちの行動が読めないからこそ、何がなんでも巡礼を阻止しようと、手当たり次第に泥人形を放っているようです」

「……! ってことは、あの街以外にも襲われている街があるってことですか!?」

「ええ。今やネオジロンド中の主要都市が危機に直面しています」

「そんな……!」



 クリンは拳を握った。

 あと一歩というところで、とんだ邪魔が入ってしまった。



「青き騎士を、絶対に馬車から出してはいけませんよ。リヴァルを喜ばせるわけにはいきません」

「何か策があるんですか?」

「策なら、あなたが一番よくご存知のはずでしょう」

「……あっ」



 クリンは司教の言いたいことを理解する。



「いいですか。あのリヴァーレ族たちは間も無く一瞬で消滅します。その隙にあなたがたは全速力で教会へ。すぐに新たなリヴァーレ族が放たれるかもしれないので、もたもたしている時間はありませんよ」

「わかりました! お願いします」



 こちらが頷くのと同時に、司教は姿を消した。



「何をするつもりなんだ?」

「シェルターですよ」



 ジャックの問いに、クリンは簡潔に答える。

 おそらく司教の仲間が、あの街よりももっと大きなシェルターを作ってくれるはずだ。



「リヴァルさんは執拗にセナを狙っています。この馬車が見つかったら厄介だ。ジャックさん。司教さんの言う通り、リヴァーレ族が消滅してシェルターが消えるタイミングを見計らって、全速力で教会へ駆け抜けてください」

「まかせろ」



 待機の時間はそう長くなかった。

 シェルターの外側に生まれた黄金の光が、点と点を結ぶように瞬く間に繋がっていく。やがてできあがった円柱の光は空を突き上げ、一瞬で怪物たちを消滅させた。



「今です!」



 パンッ!

 革の手綱が乾いた音を立て、馬を刺激する。馬車が全速力で走り出した。




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