終わりのプラン
久しぶりに会ったディクスは、まずミサキの短くなった髪を見てピタリと固まってしまった。相変わらず表情はなかったが、ミサキの前で何度も首を傾げ、かざした手で髪の毛を探しているあたり、かなり混乱しているのだろう。ミサキは「気分転換にね」と誤魔化していたが。
やがて彼女なりに納得したのか、ディクスは思い出したように熱い抱擁を交わした。どうやらずいぶん寂しい思いをさせてしまったようだ。
そうして、感動の再会もそこそこに一同の旅は再スタートを切ることになった。
そこへ待ち構えていたかのように姿を現したのは、司教である。
「遅すぎますよ、マリア・クラークス」
「も、申し訳ありません」
「おや、お姫様は里帰りの間にずいぶんと印象が変わりましたね」
「ええ、気分転換に」
「持ち前の鼻っ柱の強さがよく表れていて素敵ですよ。ところで後ろの馬車はお姫様の護衛でしょうか? 勝手に入国するなんていい度胸ですね」
「まあ。世界中を不法侵入していらっしゃる司教さまに言われてしまうなんて。その常識に縛られないお考え方、羨ましいですわ」
司教とミサキのやり取りに、セナが盛大に笑っている。司教との軽口の叩き合いも、久しぶりだ。
しかし、そんな呑気なことを言っている場合ではないと、司教は雰囲気を変えた。
「さて、困った事態になりました。あなたたちがもたもたしている間に、リヴァルが動き始めてしまいましたよ。シェルターのあるこの国ではなく、他国にリヴァーレ族を放つようになってしまいました」
「……!」
「それも有象無象に。その数、ひとつやふたつではありません。ゆうに二桁を超えています」
クリンはセナと顔を見合わせる。
せっかく教国が引き付けてくれていたのに、こうなってはシェルターの意味がない。
「おい、ディクスは気づかなかったのかよ?」
ディクスはリヴァルと感覚が繋がっている。そんな予兆があったのなら、こちらが様子を見に戻った時に教えてくれればよかったのに、と。
しかしセナの質問に答えたのは司教だった。
「気づくも何も、私とともに殲滅して回りましたが」
「はぁっ?」
「待ちぼうけを食らって暇そうにしていたので、ちょっとお借りしたまでですよ」
「……」
ぽかんとしている仲間たちの中で、ディクスだけは「どや」とでも言いたげに胸を張っている。
この二人が仲良く共闘する姿など、ちっとも想像できない。だが、戦闘力という意味では申し分ない組み合わせではある。
「被害状況はどうなってんだ?」
「およそ六カ国が。ですがどれもラタンほどではありません」
「それでも、ゼロじゃねえんだろ」
悔しそうに拳を握るセナの横で、クリンは尋ねる。
「そのリヴァーレ族って、やっぱりセナに酷似しているんですか?」
「いえ。まったくの無作為なものです」
「そうなんですね。……リヴァルさんは、何がしたいんでしょう」
彼女の行動には一貫性がなく、意味があるようには見えない。セナを捕まえるためならば、今まで通りセナに酷似したリヴァーレ族を放てばいい。巡礼を阻止したいならば、最後の巡礼地を狙えばいい。それなのに、彼女はまったく関係のない国に無数のリヴァーレ族を放ち始めた。
正解を探すクリンに、司教はさして興味もない様子で予測を立てる。
「さあ。マリア・クラークスが巡礼に出てから大分時間が経過していますからね。今ごろ、死の恐怖で半狂乱になっているのではないですか?」
「……」
リヴァルの心境を想像してみれば、確かに納得できる答えだった。
彼女はこちらが儀式で何をしようとしているのか、知らないのだ。いつ最後の巡礼で命を奪われるのかわからない状況下で、一人きり。さぞ、恐怖に支配されていることだろう。
「とにかく、これ以上もたもたしていられません。一刻も早く、巡礼へ向かってください」
「なあ。先にリヴァルを捕まえたほうがいいんじゃないのか?」
セナの質問に、司教は難色を示した。
「長く拘束していても逃げられたら終わりです。儀式の直前に捕まえに行くほうがいいでしょうね」
「直前って……マリアの負担になりませんか?」
次に投げたクリンの質問にも、やはり司教が出した答えはノーだった。
「いえ。その役目は、私とそこのリヴァーレ族が担います」
「え」
皆の視線が集まる中で、ディクスはもう一度胸を張った。やる気満々らしい。
「ですからマリア・クラークス。あなたはいつも通り、何も考えずに仕事に臨みなさい」
「……」
マリアはハッとした。その言葉の奥に、「面倒ごとは引き受けるから心配するな」というメッセージがこめられている気がするのだが……思い違いだろうか。
司教から具体案が出たところで、クリンは今後について整理したいと考える。
「あの、司教さん。改めて確認しておきたいことが何点かあるのですが……」
主にリヴァルのことと巡礼後のことだが、クリンには他にも気になることがあった。
「リヴァルさんの身柄確保については理解しました。巡礼後は、帝国軍と一緒に帝国へ帰っていただくということで、よろしいですか」
「けっこうですよ。うっかり彼女を殺してしまわないように細心の注意を払わなくてはいけませんね」
「……いや、ほんと、お願いしますよ」
長年、司教がリヴァルの処刑を目論んできたことは知っているが、リヴァルは終戦の要だ。改めて、彼女の命を保障するという約束を取り交わしておかなければならなかった。
「それから巡礼が終わったあとのことなのですが……。マリアの今後についてです」
仲間全員が、マリアへ視線を投げかけた。
聖女は、巡礼が終わったら殺されてしまう。だが、これから自分達がやることはその習わしの根底を覆すものだ。