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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第三十九話 いざ、最後の地へ
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出発前夜2


 どれほどの時間、この寂しさを共有したのか。涙で濡れていたミサキの頬が乾き始めてきた頃、不意に部屋をノックする音が響いた。



「ミランシャ皇女殿下、ならびにクリン・ランジェストン様、皇帝陛下がお呼びでございます」

「……」



 侍従の声に、二人は顔を見合わせる。クリンが皇帝から呼び出されるのは、もう慣れっこのことである。だが、ミサキを含めて三人きりで話をする機会はあまりない。






 あれ? とクリンが疑問に感じたのは、前を歩く侍従が執務室へ行くのとは違うルートを進み始めたからだ。

 初めて歩く廊下を少しだけ警戒しながら進めば、しだいに警備が厳重になっていくことに気づく。


 やがて通された大きな部屋が皇帝の私室であると知ったのは、いつも羽織っている軍服の上着を脱いだラフな格好の皇帝を見た時である。

 廊下までの厳重な警備とは違って、室内には護衛であるアパルと侍従の一名のみ。

 そんなプライベート空間に立ち入ることを許されるなんて、いったい誰が想像できただろうか。

 というより、アパルはいつ休んでいるのだろう。



「来たか。座れ」



 皇帝はソファにくつろぎ、酒の入ったグラスを傾けていた。

 促されるまま目の前のソファに腰掛ける。壁にかけられた大きな肖像画が視界に入って、ハッとした。



「ミサキそっくり……」

「アリアルーシャ、私の母です」



 へえ、と相槌を打つクリンの横で、ミサキは室内をぐるりと見回す。

 この部屋の記憶は五歳くらいで止まっている。だが不思議なことに、薄れている記憶と現在の様子に差異が見られない。


 歴代受け継がれてきた皇后宮があるのに、父と母は同室だった。そして母は、あの奥にある寝室で息を引き取ったのだ。



「現皇后陛下はここにいらっしゃらないのですね」

「ここは永久に俺とアリシャの部屋だ。現皇后も立場はわきまえている」

「……。お母さまは、幸せですね」



 ふ、と返した父の笑みは、いつものより柔らかかった。


 完全なる部外者であるクリンは、聞き役に徹しながらもアリアルーシャの肖像画を眺めていた。知性あふれる瞳。気丈さを表すようなストレートの金の髪。品のある口もと。

 ミサキの母に、自分も会ってみたかった。



「クリン・ランジェストン。明日の支度は済んだのか」

「あ、はい。もともと荷物も多くはないので」

「そうか。では、就寝まで付き合え」

「はい」



 承諾しながら、クリンは時計を見た。ここに呼ばれた時点で打ち上げは解散となったから、寝るまで自由時間だ。

 皇帝陛下は二つのグラスに液体を注ぎ、クリンとミサキの前に差し出した。



「改めて、そなたには世話になった。感謝する」

「恐縮です」



 初対面での挨拶はあれほど圧倒されたのに、今はその緊張も薄れてきているから不思議だ。まあ、怖いもんは怖いのだが。


 軽くグラスを重ね合わせて乾杯をし、皇帝がグイッと飲み干す。

 白く透明なそれは、ただの水にしか見えない。でも、これはおそらく……。



「お酒……ですか?」

「市井には出回っていない希少な地酒だぞ」

「や、あの。僕、未成年なんですけど……」

「この国の成人は十七だ。付き合え」

「……」



 父さん、母さん、ごめんなさい。息子は今、不良になります。

 腹を括って一気に飲み干したら、胃の温度が急上昇した。急患に備えて、両親ともに酒は飲まない。だからクリンは嗜み方など知らないのだ。

 

 思わず「うぇ」と漏らしたら、それを見た皇帝が吹き出した。隣ではチビチビと舐めるようにグラスを傾けるミサキの姿。同い年だが、彼女はすでに成人してしまったらしい。

 飲めない二人のために、皇帝は侍従にジュースを持ってくるよう伝えてくれた。



「今後も我が国と付き合っていくつもりなら、酒は飲めるようになっておけ」

「善処しますが……アルバ王国は成人が二十歳なので、まだ先になるかと」

「アルバと言えば、そなたの故郷に信書を送っておいた」

「はいっ?」



 初耳である。



「皇女もそなたの実家で世話になったのだろう。皇家として最低限の礼はせねばならん。謝礼金や贈呈品を送っておいた」

「ああ、なるほど……。お気遣いいただき、ありがとうございます」

「ついでにここ最近の新聞も同封しておいたぞ。そなたがこの国を賑わしていると知ったらどんな顔をするのだろうな」

「…………」



 ひぇ。青い顔をする二人を想像して、心のなかでもう一度両親に謝罪する。


 新聞は連日、突如として現れたひとりの少年の話で持ちきりだ。少年は敵国から皇女を救い出した英雄であり、生還祭を侯爵とともに見事に成功させたばかりか、教国との停戦協定締結を実現させた。生還祭当日は皇女の伴侶として仲睦まじい姿を披露し、とりわけあの武勇伝(・・・)は貴族の女性たちに大ウケだとか……。

 誰だ、公衆の面前であんなことをやった馬鹿野郎は。



「アルバ王国の王家にも一筆したためたから、帰国後、招集がかかるかもしれんな」

「……」



 どんどん話が大きくなってるし……。まあ、五年間の賭けが有利になると思って、ありがたく飲み込もう。

 クリンは深く考えるのを放棄した。



「これを機にアルバ王国と懇意にするのもいいかもしれん。立憲君主制とは興味深い制度だ。皇族(・・)にとってもよい学習材料になるだろう」

「……!」



 その言葉の続きを期待して、パッとミサキと顔を見合わせる。



「留学に興味があるか、ミランシャ」

「はい!」



 皇帝の質問に二つ返事で頷いたミサキは、ぐいっとその身を乗り出した。



「アルバ王国は歴史こそ浅い国ですが、狭い領土に多くの移民を受け入れている寛大な土地です。立憲君主制は民意を政治に反映させやすく、なおかつ先住民の象徴である王家の尊厳も保たれるという巧妙な制度だと考えています。気候も温暖で過ごしやすく、作物も豊富のため他国との貿易も盛んですよね。あえて問題点をあげるとすれば諸島であるが故の、都市部と郊外での生活格差でしょうか。連絡手段が船便のため気候に左右されやすいという課題もあります。そこをどう改善していくのか、わたくしも現地で学びたいと思います!」

「……ははっ」



 あまりの饒舌っぷりに、皇帝が勢いよく吹き出した。そこからクックと笑い続けている。クリンが最初に会った時から思っていたが、この皇帝、プライベートでは笑い上戸なのかもしれない。


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