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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第三十九話 いざ、最後の地へ
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出発前夜1


 乾杯!と、グラスを鳴らす音が客室に響いた。

 クリン、セナ、マリア、ミサキ、そしてジャック。それぞれの表情は、ここへ訪れた当初とは違って晴れやかだ。それからもうひとつ違うことと言えば、ここにチェルシア皇女という仲間が一人増えたことである。


 見事に停戦協定が締結されたあの日から、諸々の準備を終え、クリンたちは明日ついにネオジロンド教国へ帰るのだ。

 出発前夜ということで、今夜は打ち上げだ。



「いよいよ巡礼再開だね! 腕が鳴るわ!」



 やはり一番ヤル気に満ちているのはマリアである。とくにマリアはこの国に来てからずっと肩身の狭い思いをしていたため、解放感もひとしおだろう。


 しかし、クリンにはひとつ、気がかりがあった。



「ディクス、元気かなぁ。こんなに長く放置しちゃうとは思わなかったもんなぁ」

「あ、元気だよ! 停戦も、うまくいって良かったって喜んでくれてる」

「……えっ、マリア、なんでそんなこと知ってるんだ?」

「あたしたちヒマだったから、ちょいちょい様子見に行ってたもん」



 聞けば、マリアとセナは頻繁にディクスに会いに行っていたらしい。馬車の手入れをしたり、エサを調達したり散歩させたりとウマの世話もバッチリであるから驚きだ。



「全然知らなかった」

「だってクリンは忙しそうにしてたし。なんかずっとピリピリしてたし」

「……」



 それはそうなのだが、なんだか置いてきぼりをくらった気分である。

 まあ、ディクスが無事ならばそれで良しとしよう。



「せっかく皆様とお友だちになれましたのに、旅立たれてしまうのは寂しいです」



 チェルシア皇女が両手でグラスを持ちながら、小さくため息をついた。


 そんな彼女は先日、無事にシアたちと面会を済ませることができた。クリンも付き添い人として同席したのだが、正直、この小さな皇女が舐められてしまうのではないかと気が気ではなかった。しかしそれは杞憂に終わった。


 彼女は組織を三つに分割し、功績を競わせて褒賞に差をつけると宣言した。当然、反発したシアは単独行動を申し出る。チェルシア皇女は快く許可した。

 どれだけシアが優秀でも数には敵わない。今後シアは明確な順位付けによってその立場を危うくするだろう。そして全員が思い知るのだ。この組織の長はシアではなく、正当な対価を与えてくれるチェルシア皇女だいうことを。


 そして彼女はもう一つ宣言をした。いつか必ず、あなたたちの前で生物兵器の設計書を葬ってやる。だから自分のことを一番近くで見張っていろと。

 彼らとの本当の和解は、おそらくその時こそ果たされるのだろう。

 敵を、退けるのではなく味方に引き入れる。そんな彼女に、クリンは王の資質を見た。『かの国で初の女皇帝が誕生』──そんなニュースが世界に轟く日がくるのが、今から楽しみである。



「……クリン様も、お姉さまと一緒にここに残ってくださればいいのに」

「……」



 クリンは曖昧に笑った。みんなも同じような反応だ。


 そう。ミサキはミランシャ皇女として、この国で生きていくことを余儀なくされてしまった。もう最後の巡礼についてくることはできないのだ。



「おっさんには頼んでみたのか?」

「いえ……。でも、許可はおりないでしょうね」



 セナの素朴な疑問に、ミサキは首を振った。


 残念なことに、この国には一定数、停戦に反対する者たちがいる。(おも)に戦争により利益を得ていた者たちだ。

 そんな彼らが停戦を宣言したミランシャ皇女に何をするかわかったものではない。ミサキはしばらくこの城から出ることは許されないだろう。


 深く考えれば涙が出てしまいそうで、ミサキはやんわりと話題を変えた。



「ジャックさんは今後どうされるんです? 私の護衛が必要なくなってしまいましたよね」

「まあ、そうだがな。ミサキ殿の代わりに最後の巡礼を見守るのも良いかと思っている」



 せっかく自然と話せるようになったというのに、この二人もこれでお別れである。



「それはありがたいですね。ついでにリヴァリエ様の保護も手伝ってさしあげたらいかがです?」

「名案だな。聖女の騎士に任せるにはイマイチ不安が拭えないからな」

「おぉい、なんだとコラ。聞き捨てならねー。喧嘩売ろうってなら買ってやるぞ」

「ほう、そんなこと言っていいのか? あれ以来一度も手合わせで俺に勝てていないが」

「上等だ。明日、朝イチで決着つけてやる」

「ちょうどよかった。弟くんの、剣を振るった時にやや重心が傾く癖を直してやろうと思っていたんだ」

「ぅおおい! なんで上から目線なんだ!」



 なんやかんやと仲良さそうではあるが、この二人の関係性はまだまだ続行だ。バチバチと睨み合いをしている二人を横目で流しながら、クリンはちらりとミサキの顔を盗み見る。

 ……しばらく、会えないのか。

 顔を見るとそんなことばかり考えてしまう。どんなに固い約束を交わしても、やはり寂しさには抗えない。

 ふと目が合えば、彼女も寂しそうに笑った。



「ね、ミサキも食べよう。これすごく美味しいよ。ミサキはこれから毎日こんな美味しいもの食べられるんだね」



 テーブルいっぱいに並べてあるご馳走に、マリアは舌鼓を打つ。



「お父さんとも和解できたみたいだし、こんなに可愛い妹さんもいるし、いいこと尽くしだね! ミサキが幸せならあたしも幸せだ」

「……」



 これは、マリアなりの気遣いなのだろう。寂しくならないように、笑ってお別れできるようにと。

 だが、ミサキはうまく笑顔を作ることができなかった。


 たとえこの国に満たされるものがあろうとも、明日、失うものの穴はどうやっても埋まることはない。

 もうマリアのお世話をしてあげることも、夜中にクリンと散歩を楽しむことも、セナをからかって遊ぶことも、できなくなってしまうのだ。



「ごめんね、マリア。最後まで付き添うって約束してたのに」

「仕方ないって! 巡礼が終わったら、きっとまた会いに来るから。それに、いつかお城を出るために頑張るんでしょ? クリンたちの故郷で会えるの、楽しみにしてる」

「……うん」



 親友とこんなふうに別れてしまうことなど、誰が想像できただろうか。そのやるせなさは、とても言葉では表せられない。


 やがて彼らは巡礼を終えて、それぞれの未来を歩いて行くだろう。その分岐点に共に立ち、手を振り合うことすら許されないなんて、あんまりだ。



「せめて……巡礼だけは、見届けたかった……」



 ぽろりと涙がこぼれ落ちた。だが、それを拭う気力すらわいてこなくて、ミサキはただただ涙を流す。

 隣に座るマリアがギュッと抱きしめてくれた。


 ミサキが涙している間、声をかけられる者はいなかった。

 どんな言葉をかけても、彼女の無念は消え去ることはない。そして最後の瞬間をともに過ごしたいと思っているのは、ここにいる誰もが同じ気持ちである。


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