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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第三十八話 そして夜明けは迎える
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その決断と覚悟は、


 生還祭は本日、盛大に執り行われている。

 人々は第一皇女の生還を心から喜び、皇宮のバルコニーにはすでに前日から多くの者が集っていた。


 ミランシャ皇女の顔見せは午後に行われる。もうすぐだな、とクリンは皇帝の執務室にある置き時計を見た。



「そなたの弟だが」

「はい?」



 ぼうっとコーヒーを飲んでいたところに皇帝から声がかかって我に返る。

 もう何度も訪れた皇帝の執務室だが、今日はバタバタと人の出入りが激しい。そのため皇帝は、右から左からやってくる仕事を捌くのに忙しそうで、呼び出されたもののなかなか本題に移らず今に至る。



「リヴァリエの息子として民衆に名乗り出るかと聞いた」

「断られたのではないですか?」

「ふん。馬鹿な男だ。贅を尽くせる一生のチャンスを棒に振るとは」



 クリンは静かに笑みをたたえた。だからアイツは自慢の弟なんですよ、という言葉は飲み込む。

 だが「レインの息子」から「妹の息子」と呼べるだけの心境の変化が、この皇帝にもあったようだ。


 あの日の地下水路で、この皇帝がセナの不思議な力を目の当たりにしたという話は、ミサキからも聞いた。

 実はあの時、セナの瞳はまた赤く変化した。慌てて輸血をすればまた元の金色に戻って事なきを得たが、本人は密かにショックを受けているようだった。今後、輸血の効果がどれほど巡礼に影響するのかはわからない。

 それはともかくとして、皇帝がセナをリヴァルの息子だと認めるには十分な出来事だったのだろう。


 皇帝は執務机からこちらのソファへ移動してきた。いよいよ本題だろうか。



「着慣れてきたな」

「……」



 クリンは曖昧な表情で、洋服の襟を正した。

 レジスタンスの件で動き始めたあの日から、クリンはずっと貴族令服を着用している。

 侯爵を従え、生還祭の行事を取りまとめるのに他の貴族から舐められないようにするためでもあるし、「皇帝が預かっている他国からの使者」として牽制する意味もあった。


 どちらにせよ、この祭が終わったらこの堅苦しい服ともお別れだ。

 当然クリンはそんなふうに思っていたから、次の言葉はさすがに度肝を抜かされた。



「顔見せの際、そなたはミランシャ皇女の横に立て」

「はあ?」



 しまった、素がでた。慌てて口を閉ざしたら、案の定、アパルと側近からギロリと睨まれてしまった。



「や、あの。すみません。理由をお聞かせください」

「ミランシャ皇女の式辞原稿は読んだか」

「いえ、本番の楽しみに取っておいてほしいと言われました」



 ミサキはこちらから頼むまでもなく、民衆の面前で挨拶をすると申し出てくれた。おそらく停戦に向けてうまく事が運ぶような言葉を述べてくれるのだろう。



「ミランシャ皇女はお前という使者とともに、教国との戦争に終止符を打つと宣言するつもりだ」

「それだけなら、僕はいらないのでは?」

「わからんか」

「……」



 わかりません、と素直に答える前に、クリンはひとつの予想を立てる。

 停戦を唱える使者の顔と名前が、帝国全土に広まる。そんな危険なことを、ミサキが望むとはどうしても思えない。つまり目の前の男の単独的な企てというわけだ。



「なぜ、そんなことを」



 と言いながらも、ある程度の予想は立てられた。

 自惚れじゃなければ、これは……。



「僕は、陛下に嫌われていると思っていました」



 停戦などという、煩わしい問題を運んできた子どもだ。あまつさえ娘を危険に晒した男だ。認めてもらえる日がくるなんて夢にも思わず、ただ単純に、嬉しい。

 だが……。



「陛下。僕の存在は、ミランシャ皇女の縁談の風除けにはなりませんよ。僕はこの地に身を置くつもりはございませんので」



 再び、側近たちから刺すような視線が向けられてきた。だが、こればかりは引くわけにはいかない。

 やはり皇帝は、ミランシャ皇女の横に自分を置くつもりだったようだ。


 ミランシャ皇女は非常に厄介な立ち位置にいる。次期皇帝の席は第二皇女の婚約者が継ぐだろうと暗黙の取り決めになっていただろうに、今になって行方不明の第一皇位継承者が帰ってきてしまった。

 当然、降って沸いたようなチャンスに息子を持つ貴族たちは色めき立つだろう。

 その牽制役として、公の場で自分を横にはべらせるつもりなのだ。



「しかし、貴族どもからすでに矢のように質問が立てられているぞ。『陛下のおそばで執務を支えていらっしゃる方はどなたでしょうか』と。お前もわかっていて、あれだけの量をこなしたのではないか」

「……」



 クリンは口元を引きつらせた。

 しまった、外堀を埋められていた。ただの後始末のつもりだったのに、まるで皇帝の補佐みたいに見られていただなんて。もしかしなくても、この貴族服にも別の意味が隠されていたのだろう。



「案ずるな、ミランシャ皇女は皇位継承権を放棄すると言っている。お前がそこの席に座ることはない」

「め、滅相もないです!」



 その席は未来のチェルシア皇女のものだ。そうでなくても、1ミリも興味がない。



「僕はいつか医者になり、ラタンの使節団として世界の医療に貢献したいと考えています。やがては父の診療所を継ぐでしょう。……申し訳ありませんが、今回の件はお断りさせていただきます」



 クリンは深々と頭を下げた。それはもう、テーブルにまで額がくっついてしまうのではないかと思えるほど。



「では、そなたは諸々の責任をどう取るつもりだ」

「責任……ですか」

「何をとぼけた顔をしている。そなたは皇女を保護し、停戦を唱え、不穏分子を一掃した。ここまでこの国を引っかき回しておいて、素知らぬ顔で平穏な生活に戻れると思うな」

「それは」

「ミランシャ皇女に対してはどうする。一度他国との婚約が白紙になった汚点のある女を、よその国にはもう出せん。その上あやつはいい年だ、この国でも寄ってくる虫は売れ残りのどうしようもない男ばかりだろうな」

「……彼女を、自由にしていただくことは」



 ガタン!

 皇帝の拳が机に振り下ろされて、派手な音を立てる。



「ふざけるなよ」



 どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。皇女の伴侶候補という名誉なことを、まさかここまで頑なに拒否されるとは思っていなかったのかもしれない。

 それでも、クリンが選んだ答えはひとつだ。

 


「……彼女の人生は、彼女のものです。彼女に選ばせてやってください」

「まだ言うか!」



 皇帝が激怒するのも無理はない。他国の少年を迎え入れるというだけでも、この男にとってはそれはそれは寛大な処置なのだ。異例どころの騒ぎではないだろう。

 そんな有難い提案をこともなげに跳ね除け、あまつさえ皇女に身分を捨てさせろと進言するなんて、皇室侮辱罪で投獄されても文句は言えない。

 それでも……。



「僕は、あの子には心から幸せになってもらいたいと思っています。多くの苦しみを背負ってきた彼女だからこそ、今後の人生は彼女自身が望む道を歩んでいくべきです」

「あれは皇女だ。皇家は国民の支持を受けて存在し、対価として国民に恩寵を与える義務がある。皇女としての責務から逃れることは許されん」

「……」

「もう良い、そなたの考えは理解した。下がれ」

「皇帝陛下」

「下がれと言っている」

「……」



 クリンは膝の上で拳を作った。

 このまま退室すれば、自分の望む将来は安泰だろう。

 ……では、ミサキはどうなる? もう彼女はこの国で表舞台に立つことを余儀なくされた。そうさせたのは、自分だ。

 それなのに、自分はなんの責任も取らずに好きに生きるなんて許されるのだろうか。



「陛下。僕……僕は……」



 

 

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