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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第三十八話 そして夜明けは迎える
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お見舞い




 ミサキが自立歩行できるようになるまで、さほど日数は要さなかった。だが面会謝絶が解かれたとは言え部屋からの外出許可はまだおりない。そのためクリンたちのほうから彼女の部屋に出向くことになった。



「はー、おいしかった……。ご馳走様でした」

「はいお粗末さん」

「次はビシソワーズがいいですね……セナさんのあの粗めな()し方がまた味わい深いんですよねぇ」

「おい調子乗んな」



 ミサキの前には、空っぽになったオニオングラタンスープの器がひとつ。二度目のセナの差し入れは、今度こそ完食できたようだ。


 作ったセナはもちろんのこと、クリンやマリアもそんな彼女の食事風景を温かな気持ちで見守っていた。

 みんなが集まる中にミサキがいる。それだけで、心なしかみんなの表情も明るい。



「でも、残念です。クリンさんがまだお忙しいというのに、私は何もお手伝いさせてもらえなくて」

「当たり前だろ。病み上がりなんだから、無理しないで休んでくれよ」

「……生還祭まで、あと二日ですね」

「うん」



 実はけっこうハードスケジュールだったりもするのだが、抱えていた鬱積を吐露してからは、いくぶんか心が軽くなり、頭も働くようになった。



「ミサキはお城の正面バルコニーからお披露目するんでしょ? 広場から見えるかなぁ」



 マリアが周辺の地図を眺めながら、そわそわして言った。皇宮の庭園に招待できるのは貴族だけ。平民は門を出たところにある広場からしか、中を見ることができない。そもそも貴族街へ立ち入りを許されることが稀なのだ。



「何を言ってるの? マリアも私の隣に立つのよ」

「……は?」



 ぽかんと口を開けてしまうマリアの横で、セナは「あー言っちゃった」と笑いをこらえている。

 皇女を母国まで帰してくれたのが聖女だと民衆に知らせ、停戦へのアピールに繋げるのだ。

 まあ、嫌がるだろうから本人には直前まで教えないでおこうと言ったのは、クリンだったかセナだったか。



「えええっ、ムリムリ、ムリムリ!」

「だめよ、もう衣装だって決めちゃったもの」

「初耳なんですけど!?」

「今朝決めたんだもの。明日サイズ調整するから、また部屋に来てね」

「あたしに拒否権は〜〜っ?」

「「「なーい」」」



 三人、声がそろってしまって、笑い合う。マリアも観念したのか、「これも任務のうち、任務のうち……」と自分に言い聞かせるのだった。


 そんな楽しい四人の空間に、ドアをノックする音がひとつ。

 まあ、四人と言っても侍女や護衛騎士が隅で待機しているので正確な数ではない。さらには部屋の外に数名、メイン回廊へ続く廊下にまで数名と、とにかくいたるところに騎士が配置されている。いっそ物々しいくらいだが、彼女が被った被害を鑑みれば当然の措置と言えるだろう。


 それはさておき、来客である。侍従が取り次いでくれた相手はチェルシア皇女だった。

 クリンはすぐに訪問の理由に思い至った。

 室内に入ってきた皇女の後ろには、やはりフィナの姿がある。


 チェルシア皇女は入室早々、ミサキを見て顔をこわばらせた。正しくは彼女の、片方だけ失った髪型を見て、だろう。

 姉の痛々しい姿を目の当たりにして、改めて罪の意識を実感したのかもしれない。



「いらっしゃい。お部屋を訪ねてきてくれたのは初めてね」

「……っ。突然の訪問にも関わらず面会の御了承をいただき感謝いたします。皆様においても、ご歓談中の割り込みという無礼、どうぞお許しください」



 ほんのわずかな時間、茫然自失としていたチェルシア皇女だが、弾かれたように我に返ったあとは丁寧に挨拶をする。

 アレおまえより年下なんだぜ……と、セナがマリアに耳打ちしているのを聞き流しながら、ミサキは着席を促した。



「どうぞ、おかけになって。ああ、そちらの護衛の方は入り口で待機させてくださいね。これ以上、お客様に無礼を働かせるわけにはいきませんから」

「はい」



 あえて釘を刺したミサキの言葉を素直に受け止めて、チェルシア皇女は勧められるがままミサキの向かい側へ腰掛けた。ミサキの隣にはクリンが並び、セナとマリアが二人の皇女の横顔を見守るようにソファに並んでいる。


 フィナは謹慎が堪えたのか、それともミサキの姿にさすがに罪悪感が生じているのか、どこか意気消沈しているように見える。そんな彼女は騎士服こそ着ているが、帯剣はしていなかった。



「お姉さま、お体の具合はいかがですか」

「まだ倦怠感は残っていますが、体のほうは大事ありません」

「……そう、ですか」



 体のほうは、という曖昧なニュアンスに、チェルシア皇女が何を感じたのかはわからない。

 実際、あの恐怖体験はミサキの心の中に染み付いて、毎晩夢の中で繰り返されている。だが、それを打ち明けられるほど妹との距離は近くはない。



「お姉さま。いえ、ミランシャ第一皇女殿下。本日ここに参りましたのは、あの日の失態に対して謝罪がしたいからです」

「……聞きましょう」

「保身のためにお二方を危険に晒してしまいましたこと、護衛がお姉さまの大切なお客様であるクリン様に行った無礼、そしてお二方を置き去りにしましたこと。すべて、わたくしの未熟さが招いた失態であります。心からお詫び申し上げます」

「言い訳はしないのですね」

「……はい」

「では、どう責任を取られるおつもりなのですか」

「フィナには謹慎と減給という罰を与えました。ですがまだ足りないようでしたら、お姉さまの裁量にお任せしたいと思います」

「……わかりました。ではチェルシア皇女はこちらへ」



 ミサキは少しだけ腰を浮かせると、クリンとの間に隙間を作った。

 二人の間に入れという指示に、小さな皇女は戸惑いながらも素直に従う。


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