クリンの懺悔2
「……クリンさんは……」
クリンはパッと顔を上げた。ミサキの声が、怒っていたからだ。
「クリンさんは、どうしてそんなに、一人で背負おうとするんですか?」
やはり、ミサキは怒ったような、泣きそうな表情でこちらを見ていた。
「すべてがご自分の責任だなんて……それこそ傲慢ですよ」
「だって、僕のせいじゃないか。僕が城を下りたいなんて言ったから。チェルシア皇女の誘いに乗ったりなんかしたから。彼女を路地まで追いかけたりしたから。シアさんをうまく説得することができなかったから。……僕が、僕がもっと、ちゃんとやれればよかったのに。……本当にごめん。ごめんな……」
視界に映るのは、ミサキの短くなってしまった髪。自分の失態の証。
彼女をギリギリのところで守ったのは結局、マリアの術で。それがなければ、今頃ミサキはここで穏やかに笑っていられただろうか。考えるだけで恐ろしい。
「私がシアさんのところへ行ったのは……私が決めたことです。それだって、マリアが守ってくれるってわかってたから。結界がなければ、きっと行ってませんよ」
「……」
「クリンさん。あなたの思い描いたとおりには……いかなかったかもしれません。だけど……それぞれが、その時できることを……私たちはやり抜いたのです。私も、がんばりましたでしょ……?」
「……うん」
「クリンさんだって頑張りました。ちゃんと目的は果たせたことを、まずは褒めてあげましょう。……えらい、えらい」
「……」
じんわりと目頭が熱くなって、クリンは思わず顔を背ける。
これ以上、みっともないところを見せるなんてごめんだ。
いまだ、心の中には黒いシミのようなものが残っている。自分の未熟さを思い知った。罪を知った。
だからこそ今は、その消せない事実をちゃんと受け入れようと思う。
「ごめん。愚痴った」
「ふふ。知らないんですか? クリンさん。女の子は、好きな人が自分にだけ弱さを見せてくれるのって嬉しいんですよ」
「……。知らないの? 男は、好きな子にだけは見られたくないんだよ」
「それは、ままなりませんね」
「ね」
顔を見合わせて笑ったら、少しだけ心が軽くなった。
「そうだ、喉乾いたろ? 気づくの遅くてごめん。水、飲める?」
「ふふ」
「?」
「いいえ。クリンさんは気が利くなぁと」
彼女が何に対して笑っているのかはクリンにはわからなかったが、腰を浮かせておそるおそる手を差しのべる。彼女に怖がる素振りは見られなかった。
上体を起こして水を飲ませてあげる間も、ベッドに戻してあげてからも、彼女の様子は今までと変わらない。だが、クリンにはひとつ気掛かりがあった。
「あのさ……」
「?」
「……本当に、大丈夫なの? その……結界の力を疑ってるわけじゃないんだけど……」
こちらが何を気にしているのかを理解したのか、ミサキは「ああ」と言った。
「痛いことは、されてませんよ。指一本だって触れられてません」
「ほんと……?」
「酷い言葉は……まだ、少し残ってますけど」
「……。聞いてもいい?」
助け出した時にひどく泣きじゃくっていたミサキを思い出し、胸が痛むのを感じながらも尋ねる。
ミサキはゆっくりと瞼を閉じた。
「死んで償え、と。おまえたち皇家のせいで、どれだけ多くの命が失われたのか。どうせおまえたちはその命に何一つ償うこともせず、のうのうと生きていくんだろう。……生きている価値などない、と」
「……ひどいな」
「でも……見当違いというわけでもありません。たしかに……いくら紛争が続いていたとは言え、北部を統制したときに多くの血が流れたことは事実です。そして、多くの聖女たちが私のせいで亡くなったことも……」
「ミサキのせいじゃない」
「……」
ミサキはゆるゆると首を振った。こちらがどれだけフォローの言葉を並べても、染み付いた罪悪感は拭い去ることはできないのだろう。
「だから、私はこれから皇女として、できる限りの贖罪は行っていきます。シアさんたちに与えられた痛みも……甘んじて受け入れようと思うんです」
ミサキは閉じていた瞳を開いた。その瞳には確固たる決意の色が浮かんでいる。
「でも、私は大丈夫です。だって、クリンさんがそれ以上の優しい言葉をくれるでしょう? だから……クリンさんは愛のパワーで、私をいっぱい元気にしてくださいね」
ふふ、と彼女は笑った。つられて、こちらも笑みを返してしまう。彼女の強さには驚かされてばかりだ。
「もちろん……できる限り支えるよ」
「はい」
頷き合ったあとは、会話が途切れて数秒。ふと、短くなった彼女の髪が視界に映った。照明のない暗がりでも綺麗に輝く金の髪。この髪が好きだった。
おそるおそる手をのばし、やがてなくなるであろう残りの髪にそっと触れてみる。
あの時から、彼女はきっと皇女としての覚悟を決めていたのだろう。だから痛々しいとは、もう思わない。
「クリンさんは、ショートヘアの女の子はお嫌いですか?」
「好きだよ。君なら、どんな髪型でも」
「……わあ、不意打ち」
打算のない返答をしたつもりだが、彼女にとっては百点満点だったのだろう。ミサキは照れたように笑った。
髪に触れていた手に、そっと彼女の手が重なる。
触れ合って、胸の鼓動が強く波打つ。
「……」
暗闇の中、二人きり。限られた時間。扉の向こうには何も知らない侍従たち。そんな背徳感も手伝って、一気に心臓が高鳴り始める。
ベッドに片膝をついて身を乗り出したら、ギシッと音がした。その音が、さらに自分を煽る。
見下ろした彼女に怖がる様子がないのを確認し、上体を傾ける。
目を伏せたミサキの唇にゆっくりと自分の唇を寄せた……
その時。
何もない空間が白く輝き始めて、マリアが現れた。
「わあっ、ごめん! あたしは何も見てない!!」
「は……早くないっ?」
慌てて立ち上がりつつ放った言葉は、まるで邪魔されたことに対する文句のようになってしまった。
でも、約束の時間まであと10分はある。
「だ、だ、だって使用人さんがクリンのこと呼んでるから。皇帝陛下が夕飯に来いって」
「あ、そ、そうなんだ」
「……」
「……」
「早くてごめんね? ふひ」
「……」
ごめんねと言いながらも、マリアの顔には笑みが溢れている。
これ、しばらくからかわれるやつだ……と、クリンは盛大なため息をつくのだった。