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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第三十八話 そして夜明けは迎える
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クリンの懺悔2


「……クリンさんは……」



 クリンはパッと顔を上げた。ミサキの声が、怒っていたからだ。



「クリンさんは、どうしてそんなに、一人で背負おうとするんですか?」



 やはり、ミサキは怒ったような、泣きそうな表情でこちらを見ていた。



「すべてがご自分の責任だなんて……それこそ傲慢ですよ」

「だって、僕のせいじゃないか。僕が城を下りたいなんて言ったから。チェルシア皇女の誘いに乗ったりなんかしたから。彼女を路地まで追いかけたりしたから。シアさんをうまく説得することができなかったから。……僕が、僕がもっと、ちゃんとやれればよかったのに。……本当にごめん。ごめんな……」



 視界に映るのは、ミサキの短くなってしまった髪。自分の失態の証。

 彼女をギリギリのところで守ったのは結局、マリアの術で。それがなければ、今頃ミサキはここで穏やかに笑っていられただろうか。考えるだけで恐ろしい。



「私がシアさんのところへ行ったのは……私が決めたことです。それだって、マリアが守ってくれるってわかってたから。結界がなければ、きっと行ってませんよ」

「……」

「クリンさん。あなたの思い描いたとおりには……いかなかったかもしれません。だけど……それぞれが、その時できることを……私たちはやり抜いたのです。私も、がんばりましたでしょ……?」

「……うん」

「クリンさんだって頑張りました。ちゃんと目的は果たせたことを、まずは褒めてあげましょう。……えらい、えらい」

「……」



 じんわりと目頭が熱くなって、クリンは思わず顔を背ける。

 これ以上、みっともないところを見せるなんてごめんだ。


 いまだ、心の中には黒いシミのようなものが残っている。自分の未熟さを思い知った。罪を知った。

 だからこそ今は、その消せない事実をちゃんと受け入れようと思う。



「ごめん。愚痴った」

「ふふ。知らないんですか? クリンさん。女の子は、好きな人が自分にだけ弱さを見せてくれるのって嬉しいんですよ」

「……。知らないの? 男は、好きな子にだけは見られたくないんだよ」

「それは、ままなりませんね」

「ね」



 顔を見合わせて笑ったら、少しだけ心が軽くなった。



「そうだ、喉乾いたろ? 気づくの遅くてごめん。水、飲める?」

「ふふ」

「?」

「いいえ。クリンさんは気が利くなぁと」



 彼女が何に対して笑っているのかはクリンにはわからなかったが、腰を浮かせておそるおそる手を差しのべる。彼女に怖がる素振りは見られなかった。

 上体を起こして水を飲ませてあげる間も、ベッドに戻してあげてからも、彼女の様子は今までと変わらない。だが、クリンにはひとつ気掛かりがあった。



「あのさ……」

「?」

「……本当に、大丈夫なの? その……結界の力を疑ってるわけじゃないんだけど……」



 こちらが()を気にしているのかを理解したのか、ミサキは「ああ」と言った。



「痛いことは、されてませんよ。指一本だって触れられてません」

「ほんと……?」

「酷い言葉は……まだ、少し残ってますけど」

「……。聞いてもいい?」



 助け出した時にひどく泣きじゃくっていたミサキを思い出し、胸が痛むのを感じながらも尋ねる。

 ミサキはゆっくりと瞼を閉じた。



「死んで償え、と。おまえたち皇家のせいで、どれだけ多くの命が失われたのか。どうせおまえたちはその命に何一つ償うこともせず、のうのうと生きていくんだろう。……生きている価値などない、と」

「……ひどいな」

「でも……見当違いというわけでもありません。たしかに……いくら紛争が続いていたとは言え、北部を統制したときに多くの血が流れたことは事実です。そして、多くの聖女たちが私のせいで亡くなったことも……」

「ミサキのせいじゃない」

「……」



 ミサキはゆるゆると首を振った。こちらがどれだけフォローの言葉を並べても、染み付いた罪悪感は拭い去ることはできないのだろう。



「だから、私はこれから皇女として、できる限りの贖罪は行っていきます。シアさんたちに与えられた痛みも……甘んじて受け入れようと思うんです」



 ミサキは閉じていた瞳を開いた。その瞳には確固たる決意の色が浮かんでいる。



「でも、私は大丈夫です。だって、クリンさんがそれ以上の優しい言葉をくれるでしょう? だから……クリンさんは愛のパワーで、私をいっぱい元気にしてくださいね」



 ふふ、と彼女は笑った。つられて、こちらも笑みを返してしまう。彼女の強さには驚かされてばかりだ。



「もちろん……できる限り支えるよ」

「はい」



 頷き合ったあとは、会話が途切れて数秒。ふと、短くなった彼女の髪が視界に映った。照明のない暗がりでも綺麗に輝く金の髪。この髪が好きだった。

 おそるおそる手をのばし、やがてなくなるであろう残りの髪にそっと触れてみる。

 あの時から、彼女はきっと皇女としての覚悟を決めていたのだろう。だから痛々しいとは、もう思わない。



「クリンさんは、ショートヘアの女の子はお嫌いですか?」

「好きだよ。君なら、どんな髪型でも」

「……わあ、不意打ち」



 打算のない返答をしたつもりだが、彼女にとっては百点満点だったのだろう。ミサキは照れたように笑った。


 髪に触れていた手に、そっと彼女の手が重なる。

 触れ合って、胸の鼓動が強く波打つ。



「……」



 暗闇の中、二人きり。限られた時間。扉の向こうには何も知らない侍従たち。そんな背徳感も手伝って、一気に心臓が高鳴り始める。


 ベッドに片膝をついて身を乗り出したら、ギシッと音がした。その音が、さらに自分を煽る。

 見下ろした彼女に怖がる様子がないのを確認し、上体を傾ける。

 目を伏せたミサキの唇にゆっくりと自分の唇を寄せた……


 その時。

 何もない空間が白く輝き始めて、マリアが現れた。



「わあっ、ごめん! あたしは何も見てない!!」

「は……早くないっ?」



 慌てて立ち上がりつつ放った言葉は、まるで邪魔されたことに対する文句のようになってしまった。

 でも、約束の時間まであと10分はある。



「だ、だ、だって使用人さんがクリンのこと呼んでるから。皇帝陛下が夕飯に来いって」

「あ、そ、そうなんだ」

「……」

「……」

早くて(・・・)ごめんね? ふひ」

「……」



 ごめんねと言いながらも、マリアの顔には笑みが溢れている。

 これ、しばらくからかわれるやつだ……と、クリンは盛大なため息をつくのだった。





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