選択の時
しかし予想通りと言うべきか、シアも簡単には折れてはくれなかった。
「どう脅されたって、答えはノーよ。あんたたちに屈するくらいなら舌を噛んで死んでやるわ」
「どうぞ? そのほうが僕の目的は達成されやすくなるので有難いですし」
「へーえ、そんなこと言っていいの? 制約があるんでしょ。無傷じゃなきゃいけないんじゃないの」
「僕がそんなこと一言でも言いました?」
「……」
シアから真意を探るような視線が送られてきた。その視線を堂々と受け止め、シアの出方を待つ。
自害ならばこちらが危害を加えたことにならないだろう。
実際、シアには死んでもらったほうがレジスタンスは解散させやすくなる。禍根は残るだろうがそんなことはクリンの知ったことではない。
だが、シアは自害などしない。もしもするとしたら、故郷を奪われた時にとっくにしているはずだ。この人には生き抜く強さがちゃんと備わっている。
それに仲間の命運を握っているのは自分であると、ちゃんと理解しているだろう。
──我ながら卑怯だな。
と、クリンは心の中で自嘲する。
相手の退路を断ち、騙して、脅して、徹底的に叩き潰す。その上、何も知らない幼い女の子まで利用して。おおよそクリンらしからぬ鬼のような手段だが、そうさせたのはシア自身である。
彼女は自分が受けた痛みを平気で他者になすりつけられるような人だ。今までの、情に訴えたり正義を語ったりするやり方ではこのシアは説得できない。
ならば服従させる、それが確たる手段である。
そう決心させたのもまた、彼らのミサキへの仕打ちが招いた結果である。
「……で? クリン・ランジェストンくん。あなたは私にどうしてほしいの?」
……乗ってきた。
「まずは着席してもらえると有難いですね」
「……」
三度目の正直で、今度こそ彼女は従った。
「最悪。なに、このふわふわの座面。地下室の分際で座り心地良すぎるんだけど」
「僕からあなたに三つの選択肢を用意しましたので、あなたにはそのうちのどれかひとつを選んでいただきます」
「全部ノーって言うわ」
「まずひとつ目ですが」
「あなたには言葉のラリーという概念がないのかしら」
二日前に言葉のラリーを無視したのはそちらが先だろう、と思ったが、打ち返すほどの価値も見出せず言葉を続ける。
「これから言う選択肢をすべて跳ね除けて、全員国家反逆罪で処刑されること。シアさん全部ノーだとおっしゃっていたので、今のところこちらが最有力候補ですかね」
「……」
「二つ目。組織を解散し、全員この国から永久に出て行くこと。万が一国内で発見された場合は親しい人もろとも命はないと思ってください」
「……」
「最後です。個人的には候補にあげたくなかったのですが、どうしてもと言われたので仕方なく用意しました。三つ目、組織を解体し、新たな組織として、とある方のお抱えになること」
「はあ?」
「その際の自由裁量は与えられません。その方からの任務には忠実に従い、生きろと言われれば生き、死ねと言われれば死んでください」
「奴隷になれってこと!? 冗談じゃないわ!」
ここで初めてシアは激昂した。シアにとって一番屈辱的な提案だったからだ。
故郷を奪われ純潔を奪われ幸せを奪われて、ようやく手にした自由すら奪われるなんて冗談ではない。
「その提案をしてきた頭のおかしいバカ野郎を連れてきなさいよ! 急所蹴り上げて二度と使い物にしてやらなくしてやるわ!」
「その方を連れて来るのは難しいですね。彼女は皇宮にいらっしゃいますので」
「……っ、彼女……? 皇宮っ?」
相手が女性で、しかも皇室の人間だとは思いもよらなかったのだろう。当然、シアが導き出した答えは一人だけだ。
「ミランシャ皇女ね」
「いいえ」
「違うの? 誰よ」
「現時点でシアさんに知る権利はありません」
「…………」
知りたいなら、選択を。
クリンの目がそう語っていた。
シアは考える。名を変えて、組織を丸ごと再生し、次は敵だった皇家の犬として生きる。そんな屈辱、願い下げだ。
だが、目の前の少年が「個人的には候補にあげたくなかった」と言っていたことがどうにも気になる。彼の態度や言葉から見て、こちらの破滅を何より望んでいるだろうことは明白だ。
つまり、この候補にはなんらかの救済措置が含まれているということだ。
「その皇女サマは、私たちを使って何をするつもりなのよ」
「まずは皇家として責任を取りたいとおっしゃっていました。あなたたちの活動は褒められたものではありませんが、起源を辿ればこちらにも非がある、と。だから彼女はあなたたちの罪を丸ごと受け止めてご自分の物にすると」
「……は」
綺麗ごとを。
シアは言葉にすることなく、乾いた笑みをこぼした。
こちらがどれだけ声をあげても取り合わなかったくせに、今さら何を言っているのか。
「それから彼女は、こうもおっしゃっていました。あなたたちが危惧している生物兵器の開発は、自分も望むところではない、と。今後は武力による支配ではなく、平和理念に基づいて各国と手を取り合っていきたい。だから、いつか自分が皇帝の椅子に座るのだと」
「……」
どうせお優しい皇女サマの結婚までのお仕事ごっこだろう。シアはそんなふうに考えていた。
しかし皇帝の椅子を狙っているという言葉で、その皇女の本気度を知る。
「そのために、あなたたちのような隠密で行動できる組織が欲しかったそうです。シグルス隊もそのまま預かりたいとおっしゃっています。そして、とくに女性の身でありながら組織のトップになったシアさんから学べることもあるだろうと」
「……」
こちらを更生させるだけではなく、自身の利にもなる提案。その皇女はずいぶんと賢いようだ。
この国で社交デビューを果たし、少しずつ政治に首を突っ込み始めたのは第二皇女だけだが……正直、彼女にその才覚があるとは思えない。遠征軍への物資配給はことごとく失敗し、貧民街の惨状や治安の悪さを知らず金銭のばら撒き処置ばかり。社交界でも傲慢な態度が災いしトラブルが多いと聞く。彼女がこんな聡明な裁量を下せるだろうか。
では、第三皇女はどうだ。
自身の立場をよく理解して、あまり政治に興味を示さないと聞くが。加えて外国の王家に婚約者がいる。今さら皇帝の椅子を狙うとは思えないが……もしかしたら虎視眈々と狙っていたのかもしれない。
第四皇女はヴェールに包まれており何一つ情報はない。だが、彼女はまだ九歳。候補からは一番遠いだろう。
「シアさん。答えは決まりましたか」
「……」
クリンの問いかけに、シアからの返事はまだない。
「二つ目はどうです? 僕は国外追放が妥当だと思いますよ」
「だったら三つ目は言わなきゃよかったじゃない」
「そうですね。そう……もしもあなたがあの倉庫で暴れていたら、きっとそうしていましたよ」
「……」
「でも、あなたはそうしなかった。幼い子を利用した僕に多少の怒りを覚えるほどには、弱者を思いやる心がきちんと残っていた」
彼女を軽蔑することに変わりない。だが……ギンやジャックの、彼女たちに救われてほしいという願いを寸でのところで思い出すことができた。
「思い出してください。シアさんの最初の願いを。あなたは破壊がしたかったんですか? それとも復讐ですか? 違う。あなたはあの幼い子が笑って生きられるような、そんな平和な世界を望んでいたんだ。……もう一度、夢を見てみませんか。帝国も、あなたも、やり直すことはきっとできます」
「……」
この差し出された慈悲を跳ね除て自ら破滅を選択するか、新たな生を生きるか。選ぶのは彼女だ。
「さあ、シアさん。いえ、サイアス・アーグリーさん。あなたの選択を聞かせてください」
さあ、長らく続いた帝国編も、次の章で終わります。
しばらく休載してしまい、申し訳ありませんでした。今後はノンストップで完結まで走り抜けそうです。
最後まで、よろしくお願いします!