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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第三十七話 解散交渉
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目標と実績


 クリンは用意していた資料を開いた。



「あなたは今後も生物兵器の開発を阻止するために動くんですよね。それに研究員の脳内にも設計書が残っているかもしれないと危惧してました」



 シアからは返事がなかったが、そもそもそんなものは期待していない。クリンは続けた。



「なので今後あなたが排除しなければいけない者を、リストにまとめてみました。読み上げますのでよーく聞いてくださいね」

「はあ?」

「まずシグルス前大統領のニーヴ氏とその一家。4名の秘書と、研究員と開発スタッフと支援者、総勢1万2900名」

「何言ってんの?」

「念のため施設を造った建設会社も含めておきましょう、派遣スタッフを入れても300名ほどでしょうか。それから兵器を作る上で欠かせない資源や材料を提供していた業者も忘れてはいけません。誰が設計書に目を通したかわからないので、全員残らず始末するといいでしょう」

「……」

「シグルスに関しては、思いつく限りでそれくらいでしょうか。北シグルス、南シグルス両方で開発が行われていたので、それぞれのリストを作成しておきました。あとでゆっくりご覧ください。さて、次はここジパール帝国のリストです」

「ねえ、なんの茶番これ」



 シアからストップがかけられたが、クリンは無視して続ける。



「幸いにもまだ設計書は渡ってきていない(・・・・・・・・)ので、おそらく帝国側は皇帝陛下とその側近、侍従、護衛、合わせて40名ほどで済みそうです。楽ちんでよかったですね」

「……」

「しかし、シアさん。これで生物兵器の脅威が終わると思ったら、実はそうじゃないんですよ、なぜだと思います?」



 資料の次のページを開いて返事を待つが、シアから答えはない。まともに取り合う気がないようだ。



「正解は、各国のスパイがいるからです」



 いち早く帝国がシグルスの兵器開発を聞きつけたように、当然どの国も、標的を定めた国にスパイを送り込んでいる。シグルスにスパイを送り込んでいた国は、いったいいくつあるだろうか。



「長くなるので大陸ごとにまとめますね。まずはコスタオーラ大陸から2国、イオ大陸から4カ国、ミアジストラ大陸からはここジパール帝国1ヵ国、グランムーア大陸は一番国数が多いのでなんと7カ国もシグルスにスパイを送り込んでいるそうですよ」



 しかしどの国が生物兵器の情報を盗み取ったかなんて、さすがにわかる術もない。



「いつどこの国から次なる生物兵器が誕生するか、もうわかりませんね。じゃあいっそ、すべての国をやっちゃいましょう」

「頭おかしいんじゃないの」

「しかし、シアさん。残念なことに、まだシアさんの理想には届かないんですよ」

「……」



 わざとらしい熱弁に、シアからは相変わらず冷めた視線が送られてくる。アパルが吹き出さないことが何よりだ。



「だって『武力による支配を受けない理想的な世界を創り上げる』んですよね? ということは、生物兵器だけではなく普通の武器もダメじゃないですか。ですがすべての国が自衛のために大なり小なり兵力を保持しています。まあ国家規模の話はさておき、シアさん、あなたも普段ナイフを持ってますよね。護身用で武器を所持する女性も多いと聞きます。さてさて、あげればキリがなくなりました。じゃあいっそ地上にいる人間すべてを排除しちゃいましょうか」



 極論で締めくくり、クリンは資料を次のページへと進める。



「対してシアさん。あなたがたが活動開始から今までに排除できた人たちのリストです。帝国の国民、その数たったの36名」



 そしてパタンと資料を閉じた。



「ちっぽけだ」

「……」

「八年近く活動しておいて、あなたたちがしてきたことと言えば36名の貴族とその取り巻きを殺しただけ。しかもおもしろいことに、殺された彼らは生物兵器にはまったく関わりがない」

「……」

「せっかく手に入った帝国の姫君ですら有効に活用することもできず、大の大人がよってたかってイジメをしていただけ。やることなすこと、すべてが小さい。……崇高な理想? 笑わせるな」

「お説教はよそでやってくれる? 退屈」

「ああ、そうだ。リストに入れるのを忘れて申し訳ない。あなたが最初に手を下したあなたの夫も加えておかなければなりませんね」

「…………」



 ここで初めてシアから針のような視線が投げつけられた。しかしクリンは無視をする。



「あなたたちは下町から義賊と祭り上げられて、ちょっと目的を見失っちゃったんでしょうね。だから先ほどの倉庫でも平民を巻き込ませようとしなかった。シアさん、ご立派ですがそれは間違いです。だって武器を許さないんでしょう? 平民の彼らは徴兵義務がある、あなたの平穏な生活のためには排除しなければ。あなたの夫と同じように」

「私を怒らせようとしてもムダよ」

「? 僕が何か、怒らせるようなことを言いましたか?」

「私が私怨で動いてると言いたいんでしょ」

「僕が一言でもそんなことを? 何か心当たりが?」

「ふん、いいわ。それで? あなたが私にお願いしたいことってなんなのよ」



 少しの間も置かず、シアはクリンの話をぶった斬る。クリンの挑発に乗ることなく笑みを取り戻した強さは、さすがと言うべきか。



「やるならちゃんとやれよと言いたいですね」

「……」

「有力貴族を襲ったところで帝国は揺らいだりなんかしません。中途半端なテロなんか起こしてないで、もっと中身のある活動をしてください」

「別にあなたを満足させるためにやってるわけじゃないんだけど」

「つい先月、グランムーア大陸の一部では奴隷解放運動が始まったんです。ご存知でした?」

「ちょっと」



 なんの脈絡もなく話題が変わり、シアからツッコミが入る。だがクリンはかまわず語り続けた。



「去年、コスタオーラ大陸とイオ大陸の間の海峡では両大陸が手を取り合って海賊を退治したそうですよ。捕らえられた海賊たちはみな処刑は免れ、服役中に社会貢献を課せられたとか。コスタオーラの平和理念が顕著に表れていますよね」

「どうでもいいんだけど」

「ネオジロンド教国は賊に襲われた敵国の皇女を、五年もの間、人道的に保護していました」

「……」

「聖女反対運動が盛んだったシグルスですが、生物兵器暴走の際、教会に救われたことをきっかけに、少しずつ反対運動が鎮静化に向かっています」



 シアはもう、聞き流すことに決めたようだ。



「アルバ王国では毎年、イオ大陸の紛争から逃れてきた何人もの難民を保護しています。そうそう、先日リヴァーレ族によって壊滅的な被害に遭ったラタン共和国ですが、各国から大きな支援を受けられているそうです。彼らがここまで築き上げてきた世界的社会貢献の高さが評価されたのでしょう」

「……」

「退屈ですか? シアさん」

「そうね退屈」

「平和理念に準ずる彼らの生き方が、あなたには退屈に聞こえますか。あなたも同じような平和を望んで武器を取ったんじゃないんですか」

「……まーたお説教?」

「シグルスは生物兵器の事業を手放して再生の道を進み始めました。ネオジロンド教国は帝国に停戦を働きかけています。帝国も変わる時が来たんです。シアさん、あなたたちも変わりませんか?」


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