クリンvsサイアス
──あっさりしたものだな、とクリンは床に座るシアを見下ろす。
生還祭を計画し、侯爵を捕らえ、減刑を望むならば手を貸せと脅し、レジスタンスに気づかれないよう民を呼び出す。倉庫の見張りは帝国軍が用意したいかにもな不審人物を追いかけて行った。そしてミサキを見事に回収。二人が再会を果たしている間にシアは倉庫から連れ出され、残りの連中は武器の所持を理由に捕縛した。
そしてここは貴族街にある侯爵邸の地下室である。いるのはシアと、クリン、そしてアパルの三人だけ。地下室の外には侯爵家の者たちが見張っているので逃げ場はなく、シアはいよいよ窮地に立たされている。
……はずなのに、この余裕っぷりはどうだ。
「ねぇ、クリンお坊ちゃん。喉乾いちゃったんだけど、ここはお客さまにお茶の一杯もくれないの?」
「坊ちゃんじゃないですし、あなたはお客さまではないので我慢してください」
「つれなーい。で? そこのオジサンはだーれ?」
「僕の護衛です。あなたが大人しくしてくれれば手荒な真似はしません」
「あはっ、やっぱり坊ちゃんじゃないの。女と逢引するのに保護者同伴ってわけ」
「逢引じゃないので。僕が用があるのはサイアス・アーグリーであって、女性かどうかは関係ありません」
「わーお。さすがお貴族さま、誤解の解き方もスマート。ね、あなたはどこの家門なの? それとも本当に外国から来たの?」
「さあ、当ててみてください」
実のない会話にじれったさを感じながら、クリンは二人用の小さなテーブルの一席に腰掛ける。シアは石畳みの床にあぐらをかいたまま動こうとはしない。拘束は解いたので動けるはずだが、話し合いに応じる気がないことを表しているのだろう。
「シアさん、あなたはサイアス・アーグリーで間違いありませんか」
「そうよー」
「影武者……とかではなく」
「どういう意味?」
シアの表情に誤魔化しは見られない。ならば、この余裕はどこからくるのか。単純に居直っただけだというなら、たいした度胸である。
まあ、いい。始めよう。
「ではシアさん。さっそく聞きたいのですが、あなたたちが今日集まる予定だったのは、なぜですか」
「さあ、当ててみてください?」
さきほどこちらが言った言葉をすかさず反芻してくるあたり、さすがというかなんというか。
「それとも拷問してみる? 私は聖女に守られているわけじゃないから、きっと効果テキメンよ」
「……」
「ふふ、怖い顔。ね、お姫様とは無事に再会できたの? 二日も着替えてないから臭ったでしょ」
「シアさん」
「ちゃーんとお風呂の準備はしてあげたのよ? 男たちに囲まれて遠慮しちゃったみたいだけど。脱ーげ、脱ーげって囃してられて顔を真っ赤にしてたんだよ、可愛かったなぁ」
「クリン殿」
「わかっていますよ、アパルさん」
アパルから制止の声がかかったが、クリンは冷静に対処する。武力行使は禁じられているが、そもそも女性を殴る趣味はない。
だが横にいるアパルのほうが今にも銃を引き抜きそうなほど殺気立っていた。
「ふふ、やっぱりね」
「? 何がですか」
シアは何かを確信したのか、したりげに笑った。
「クリンくん。あなたは何か制約がある。そうでしょ?」
「……」
「変だなぁと思ったんだ。甘っちょろそうな少年が、一般市民を巻き添えにしてまで私を拘束するなんて。普通に軍隊で押し寄せてくれば私たちに勝ち目はないじゃない? 聖女に守られてるお姫様は人質にまったく役に立たないし。でも君はそうしなかった。なぜか?」
「……なぜだと?」
「誰かと別の取引があって、私たちの身の安全を保証しなければならない……とか。あたり?」
まさかこんな短時間でそこまでの考えにたどり着くとは。
クリンは表情こそ変えなかったし、アパルもさすが皇帝の護衛というだけあって1ミリもあせる様子はない。それなのにシアはすべてを見透かしているようだった。
「そして、クリンくんは私にお願いがある。それが何かまではさすがにわからないけど……でも私はノーと答えるわ。あんたの思い通りにはならない。言うことを聞かせたいなら制約を破ってもいいのよ? これは単なる私の勘なのだから」
「あなたたちが今日集まったのは、侯爵の使者から新たな情報をもらうためでした」
「……」
シアのペースに巻き込まれないようにクリンは話を急転換させ、最初の質問に戻した。
「侯爵はあなたたちに密告することがいくつかありました。ミランシャ皇女が帰ってきたことや、皇女が使者を連れてきたこと」
それから、教国と停戦させるために使者が暗躍していること、そのためにレジスタンスを解散させようと動いていること。それらをシアに知られたら、もっと面倒なことになっていただろう。
たった二日で侯爵を捕まえて白状させられるとは思わなかったが、そこはさすが帝国軍である。
「侯爵がこちらに屈したので、もうあなたたちの思うようにはいかなくなりましたよ。残念でしたね」
「ふん。侯爵は私たちと違って崇高な理想をもっていたわけじゃないもの。たいした痛手でもないわ」
侯爵とレジスタンスは利害こそ一致していたが、たしかに同じ志を抱いているわけではない。侯爵は虎視眈々と皇帝の失脚を狙っていた。皇帝が崩御すれば女だらけの皇室は力をなくしたも同然である。いつかその席につくことを狙っていたのだろう。
「シアさんたちの、崇高な理想。二つの国を滅亡させることが」
「履き違えないでくれる? 武力による支配を受けない世界を作ることよ」
「そのために、あなたたちは武力を行使してもいいと。あなたたちはそんなに特別なんでしょうか」
「うん、そうよ。だって私たちはもうとっくに奪われて、失くすものを失くしたんだもの。正義を貫く権利があるわ」
こちらに理解を求めるつもりがないのか、シアのその言葉はまるで自分に言い聞かせているようだった。
どいつもこいつも一緒じゃないか、とクリンは思う。
帝国の植民地だったシグルスは、何者にも屈しないチカラを手に入れるために生物兵器の開発に乗り出した。
一方のジパール帝国は突然領土を占領したネオジロンド教国に対抗するため強大な軍事国家を作り上げた。
ネオジロンド教国はすべての聖女を守る代わりに力の強い聖女を粛清し、見せかけの正義を掲げている。
負けたくないから、奪われたくないから、力に頼って相手を制す。平和のために平和を壊す。
いったいこの連鎖はいつまで続くのか。