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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第三十六話 レジスタンス
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人質


「さすがに時計塔に来る人来る人とっ捕まえてるわけないでしょ。最初に見た時からピンときてたわよ。では改めて。はじめまして皇女殿下、サイアス・アーグリーです」

「……」

「ああ、尊きご身分の皇女殿下は、平民なんかにご挨拶はいただけないのでしょうか?」

「……ミランシャ・アルマ・ヴァイナーです。ごきげんよう」



 ミサキは観念して、伊達メガネを外した。



「五年前の港へ向かう馬車では、あなたにはお会いしておりませんね、サイアス様」

「そうね。あの時はご挨拶できなくてすみません。取るに足らないような奇襲作戦だったから、私がわざわざ出向くまでもないと思って」

「とんでもない。素敵なプレゼントをありがとうございました。おかげで五年間も自由の身になれました」



 和やかに挨拶を交わす二人の間には、まるで電流のような空気が流れている。クリンは二人の視界を遮るように、ミサキの前へ立ち塞がった。



「シアさん、別の案を要求します。話し合いは、あくまでも僕たちの個人的なものです。帝国軍は関係ありません」

「それならば、なおのことそれを証明してもらわないとね」

「いけません。かえって帝国軍を逆撫ですることになりますよ」

「そんなのが怖かったら最初からレジスタンスなんて名乗ってないわ」



 睨み合いが平行線になりそうな状況に陥ってしまったが、それを終わらせたのはミサキ本人である。



「私はかまいません。その招待に応じます」

「ミサキ!」

「クリンさん。大局を見ましょう。私たちは話し合いの席を設けたい、彼らは安全を確保したい。ならば私が彼らのもとへ行くのが合理的でしょう。あなたは早く戻って、話し合いの材料を用意してください」

「いやだ、それなら僕が人質になる」

「この帝国で、あなたに人質としての価値はありません」

「……っ」



 クリンはそれでも強く首を横に振った。悔しさと焦燥感で目の前が真っ暗になりそうだ。男に襲わせるだなんて脅迫するような連中に、大切な恋人を引き渡すことがどうしてできようか。



「言ったでしょう? 私には切り札があるって。私を、そしてマリアを信じてください」



 ミサキはシアたちから見えない位置で、コートの一番上のボタンを外した。見えたのは、真珠のついたペンダント。



「! それ……」

「ずっと守って(・・・)くれています。大丈夫」



 ミサキは力強く頷いた。どうやら引くつもりはないらしい。クリンはもう止める言葉が見つからなかった。街に連れ出さなければよかったと後悔しても、もう遅い。



「クリンさん。どうか決心してください」

「……君を……信じる」

「はい」

「絶対、助けるから」

「はい、待ってます」



 力強くうなずいてくれた恋人を人目も(はばか)らず抱き寄せる。抱きしめ返してくれた彼女の手がいつも以上に小さく感じられて、クリンの胸は締め付けられる。

 短い抱擁を終え、わずかに体を離したミサキは小さく背伸びした。クリンは拒まなかった。軽く触れ合っただけ。彼女の唇は、外の空気に晒されてひんやりと冷たかった。

 ミサキはそのままクリンの腕をすり抜け、まっすぐにシアのもとへ向かった。



「とんだあばずれね。シグルスの婚約者が泣いてるんじゃない?」

「誰のことかしら、記憶にありませんね」

「ま、いいけどどうでも。さあて、皇女さま。暴れないでよね」



 シアはナイフを取り出して、近距離にいるミサキの顔へ突きつけた。



「!」

「ミサキ!」



 さっそく訪れた危機に、クリンは声を張り上げる。

 だが、ミサキを傷つけるはずだったナイフはバチンという断線したような激しい音とともに、あさってのほうへ飛んでいった。ミサキのからだ全体を、白い光の膜が覆っている。



「私には聖女の加護がついています。傷つけようと思っても無駄ですよ」

「へー、すごい」



 シアは感嘆の声をあげた。

 ミサキが言っていた切り札とは、マリアからもらったペンダントのことだ。ミサキが危機を感じた時、自動で結界を展開してくれるという優れものだ。

 約束の交渉日には使えないが、今は準備段階であるし、証人のアパルがいないのだからギリギリセーフといったところだろうか。



「別に傷つけるつもりはなかったんだけどね。あなたがこちらにいる、という証拠を帝国に示す必要があるでしょ」

「……なるほど」



 シアの言いたいことを理解して、ミサキは自身の懐から護身用の短剣を取り出した。そしてふたつに結んだ三つ編み、その左側を掴んで、迷うことなくそれを切り落とした。



「ミサキ!」

「へえ。意外とやるわね、お姫様」

「髪なんていくらでも伸びます」



 光のない路地でも美しく輝くブロンドの束。シアはそれを受け取り、クリンの足元へと放り投げた。



「帝国への報告は君がするのよ、クリン・ランジェストンくん」

「……っ!」



 地面に落ちたそれを、クリンは大切に拾い上げ、両の手におさめる。ミサキが旅の最中でも手入れを欠かさなかった、傷みひとつない綺麗な髪。それでなくても愛する女性の一部だったモノだ。それを、こんなゴミみたいに扱われるなんて。



「あなたたちの誠意(・・)、たしかに受け取りました」



 いつか必ず返してやるからな。

 煮えたぎるような憎悪が腹の底から吹き出しそうになるのを、クリンはなんとか押さえ込む。



「あ、そうそう。あんたは来ちゃダメよ、ジャック。お姫様を逃されちゃたまんないもの」

「……サイアスさん」



 シアに見透かされたとおり、ジャックはミサキの護衛として付き添うつもりだったようだ。



「私は大丈夫ですよ、ジャックさん。それよりクリンさんにお力添えをお願いします」

「……承知した」

「では、お二方。私たちはまだここでやることがあるので、お先にどうぞ」



 倒れた仲間の始末をするつもりなのだろう。シアから退散を命じられたが、脳が拒絶しているのか、クリンの足はなかなか動かない。けっきょくジャックに腕を引かれ、まるで引きずられるようにしてその場を去ることしかできなかった。


 何度も振り返っては目が合ったミサキは、こちらが見えなくなるまでいつものような美しい笑みを浮かべていた。








 

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