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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第三十六話 レジスタンス
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サイアス・アーグリー


 ジャックはクリンとミサキの前に立ち、シアと対峙した。



「お久しぶりです、サイアスさん」

「まさか……シアさんがサイアス・アーグリーなんですか!?」



 否定の声がないところを見ると、どうやら本当らしい。

 過激派のリーダーが女性だったなんて、誰が想像できただろうか。とくにこの男尊女卑の激しい国で。


 しかしこの国だからこそ、女性という立場が隠れ蓑になるのかもしれない。油断を誘うことも、情報を引き出すことも、相手の目をくらませるのも容易だろう。自分の置かれている立場を理解し逆手にとって利用するだなんて、なんて賢い手段なのか。


 そしてクリンは見事に騙されてしまった。いや、勝手にリーダーが男であると先入観を抱いてしまっていただけなのだが……少しも疑ってかからなかったのは単なる浅慮だ。交渉に値する人間ではないとシアに見限られたとしても、しかたがない。



「久しぶりだね、ジャック。シグルスで組織を抜けたって聞いたけど」



 シアは突然割り込んできたジャックに動じることなく、悠然とナイフを拾い上げている。彼女がどれほどの腕前なのかクリンにはわからないが、ジャックが剣を構えたまま警戒を怠らないところを見るとなかなかの実力なのかもしれない。



「こんな子どものお()りなんて何考えてんの」

「本来の……騎士としての信念を思い出しただけです。今、守りたいと思う者を守らせていただきます」

「あ、そう。妹さんの復讐はもういいのね」

「……。そう思っていただいて結構です」



 ジャックが今どんな表情をしているのか、後ろにいるクリンには見えない。

 だがその言葉が彼の口から聞ける日が来るなんて思わなくて、ただただ胸が熱くなった。ジャックが旧友ではなく自分たちに味方してくれたことも、どこか心が吹っ切れた様子なのも、純粋に嬉しく思う。



「サイアスさん、昔のよしみで、どうか俺の頼みを聞いてくれませんか。彼らの話を聞いてやってほしいんです」

「裏切り者の話を聞いてやる義理はないね」

「裏切ったんじゃありません。俺もギンさんも……みんなのことを心から案じています。ただ、進む道が変わっただけです」

「その子どもに時計塔のことを教えたのはあんたでしょう? 立派な裏切り行為じゃない」

「クリンたちは、敵ではありません。話を聞いてもらえればわかります。どうか、話し合いの席を設けてはくれませんか」



 一見穏やかに見えるような会話を続けていても、二人の間に緊張が走っているのがわかる。しかしジャックが間に入ってきてくれたことで、クリンには確かな安心感ができた。この背中を何度、頼もしいと思ったことか。



「僕からもお願いします。シアさん……いえ、サイアス・アーグリーさん。それから、非礼をお詫びします」



 ジャックの横に並んで、クリンは頭を下げた。シアが女性だと侮っていたことを、言い逃れすることはできない。

 しかしシアはふっと意地悪そうに笑った。

 


「別にいいわよ。さっきの驚いた顔、なかなか可愛かったから」

「……」

「残念だけど、私たちの腕じゃジャックに敵いそうにないし、君のことを殺すのは無理そうだ。それで? 君はいったい何者なのかな、クリン・ランジェストンくん」



 シアは持っていたナイフを懐に収めた。

 今度こそ会話が成立することに心底安堵する。



「はい。僕らはネオジロンド教国から参りました、巡礼中の聖女一行です」

「……はあ?」



 シアから素っ頓狂な声が上がった。



「冗談でしょ、なんで聖女一行が帝国にいるのよ」

「まあ、話せば長くなるので割愛します。でも、僕らの聖女は世界の平和を心から願っています。凶悪な兵器を許さないあなたたち組織とは、どこかわかり合えるような気さえします」



 帝国と関わりがあることは、まだ言わないと決めた。まずは彼らの警戒を解きたかったということもあったし、何より自分たちが聖女一行であることは紛れもない事実だったからだ。


 そしてまたひとつ情報を得る。シアはまだ侯爵からこちらの動きを知らされていない。侯爵はミランシャ皇女が聖女を引き連れて生還したことも、クリンたちが教国との停戦交渉のためレジスタンスを解散させるべく暗躍していることも知っている。だが、シアは何一つ知らないようだ。



「なるほど、ジャックは教国出身だったっけ」

「はい」



 ジャックがなぜクリンたちと共にいるのか、どうやら納得してくれたようだ。実際のところはなかなかに複雑な事情があったわけだが、都合がいいので黙っておく。



「ふーん。それで? その聖女様一行が私たちになんの用なわけ? 見たところ、仲間に加えてって感じでもなさそうだし」

「先ほども言いましたが、あなたたち組織のことです。このままでは破滅は免れません。それを止めに来ました」

「聖女様の大予言ってわけ?」

「信じられないと思いますか?」

「……」



 シアは腕組みをした。考えているようだ。



「このままじゃ埒があかないわね。お腹も空いた頃だしさあ、兵士たちに勘づかれても厄介だし」



 シアは暮れゆく空を眺めた。たしかに陽はもう完全に落ちかけている。仕事を終えた者たちが帰宅し、周囲の建物にも明かりが灯るようになるだろう。



「わかった、いいよ。受けて立とうじゃないの」

「! ありがとうございます」



 すんなり承諾してくれたことに驚きつつ、クリンは素直にホッとする。やっと交渉の足がかりが掴めた。



「待ち合わせは窓のメッセージどおりにしよう」

「はい、かまいません」

「じゃあそれまで、そこの女の子は預からせてもらうわね」

「……はっ?」



 シアは腕を組んだまま、ミサキを指差している。今までの流れからまったく予想もできない提案である。しかしシアは「当たり前でしょ」と言った。



「話し合いと偽って、アジトに集まったところを襲撃……なんて、いかにもな制圧作戦じゃない? だから人質」

「僕たちはそんなことしません!」

「あなたはしなくても、帝国軍はどうかしらね?」

「──っ」

「気づいていないとでも思ったの? ミランシャ・アルマ・ヴァイナー皇女殿下」

「……」



 シアの視線はまっすぐミサキへと注がれている。


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