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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第三十六話 レジスタンス
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違和感


 シアたちは顔を見合わせている。彼らと生物兵器は切っても切れない関係なのだから、当然と言えば当然だ。



「ね、そのダガー見せて」

「……」

「別にそれで刺し殺したりなんかしないわよ。ギンのものかどうか確かめたいの」

「そういう意味じゃ。……どうぞ」



 弟にとって大切な宝だ。一瞬躊躇ってしまったが素直にそれを手渡す。



「懐かしい。いろんな武器を使っていたけど、一番気に入っていたのがこのダガーだったっけ」



 懐かしいと言いながらも、彼女の表情に温もりは感じなかった。だが同時に、ギンに対して負の感情も感じられなかった。



「はい。弟子ならちゃんと手入れしとけって伝えといて」

「……あ、はい」



 言葉通り、シアに邪心はなかったようで、あっさりとダガーを返してくれた。

 普通に生きてきた子どもにとって武器の手入れなんかわかるわけがない。今度ジャックさんに教わろう、と考えながらクリンはダガーを受け取る。



「あなたも見たの? あの生物兵器を」

「はい」

「ふぅん。どうだった?」



 まさか感想を聞かれるとは思わなかったが、ありのままに答える。



「強くて……おぞましくて、おそろしい生き物でした。……そして悲しい、と感じました」

「悲しい?」

「せっかく産まれてきたのに人を殺めることしかできないなんて、悲しすぎます」



 答えながら、脳内ではリヴァーレ族や弟の存在が浮かび上がっていた。どれもが、人によって悪戯に産み出された命だ。造った者だけが満足し、他者から恐れられ、排除される運命の、気の毒な生命体だ。

 弟には、その運命に抗う強い意志とチカラがあった。そして救いの手があった。

 だが、巨大な怪物たちにその救いが訪れることはない。それが何よりも悲しいと、クリンは思う。



「人の命を危険に晒すような存在は、人によって排除されるんです。そこに例外はありません。だからあなたたちは生物兵器の存在を許さない。そうですね?」



 返事はなかった。だがその無言こそが肯定なのだと理解する。



「ですが、あなたたちだって同じ穴のムジナだ。自分の理想を貫くために他者の命を脅かし、やがてより強大なチカラによって、その身を滅ぼすんだ」



 お前たちだって例外ではないぞと、伝わっただろうか。鉄槌が下される日は近い。その危機感だけでも伝わればいい。



「まるで私たちが破滅するとでも言いたげね。おあいにく、これからだって戦ってみせる。目的を果たすまではね」

「目的……生物兵器の開発の阻止、ですね」

「そうよ」

「だから、帝国軍が設計書を手に入れようとするのを防ぎたいんですね」

「そうだと言ってるじゃない」



 今更の確認作業に、シアは少しだけうんざりした様子だ。しかしクリンにとっては大切な情報収集だ。彼らの目的や今持っている情報を明確にしておきたいのだ。やはり彼らは、帝国軍がすでに設計書を手に入れてしまっていることを知らないようだ。



「ではシアさん、帝国軍が設計書を破棄して開発事業から手を引けば、あなたたちの活動は終わるんですね? それなら僕も、協力を惜しみません」

「ふ」



 シアは鼻で笑った。



「やっぱり子どもね。兵器の設計書を破棄したってコピーを用意されていれば意味ないわ。研究員の脳内にだってずっと残り続けているじゃない」

「……」



 予想していた通り、やはり彼らの気がかりはソレだ。



「……それでは、どうするつもりなんですか? 帝国もシグルスも、どちらも滅ぼすとでも?」

「場合によってはね。武力による支配を受けない理想的な世界を創り上げる。これこそが私たちの悲願よ。邪魔するなら、たとえどんな強敵であっても排除するわ」

「……」



 それでは生物兵器を開発した両国と何も変わらない。ただの危険思想集団ではないか。その言葉を飲み込んでクリンは話を切り替える。

 まだ説得には早い。今はサイアス・アーグリーへの面会を取り付けるだけでいいのだ。

 会話のラリーはなかなかテンポよく続いている。シアが食いついてきた証拠だ。



「シアさん、予言します。あなたたち組織は近いうち破滅においやられるでしょう」

「はっ。そんなこと、どうしてあなたにわかるのよ」

「知りたいですか?」



 ここで侯爵家の名前を出したりはしない。出せば彼らを信用させることはできるが、準備期間中に煙に巻かれては本末転倒だ。もちろんミサキの正体を明かすつもりもない。



「知りたいなら、こんな方法ではなくきちんと話し合いの席を設けてもらえませんか。ぜひ、サイアス・アーグリーさんにもお目通りを願います」

「……」



 ん?

 クリンは違和感に気がついた。真顔で考え込むシアとは対照的に、男たちがそろいもそろって笑みを押し隠しているように見えたからだ。



「なんだ。ギンから全部を聞いてるわけではないようね」

「え?」

「あやうく真面目に取り合うところだった。もういいや」

「!」



 シアは懐から折り畳み式のナイフを取り出した。身構えながら、クリンは自分が何か盛大な間違いを犯したのだと自覚する。しかし原因を探っている余裕はない。



「シアさん! まだ話は終わってません」

「私は終わったもの」

「僕らに手を出せば、あなたたちの破滅がより早くなるだけだ」

「じゃあ死体も残さず始末してあげる」

「!」



 シアがナイフを構えるのと同時に、クリンはミサキを突き飛ばした。ミサキだけでも逃してやらなければ。



「逃げろ!」

「クリンさん!」



 ミサキの制止を振り払って、まっすぐシアのもとへ駆け出す。情けないが、まともに戦ってやりあえるほど腕に自信はない。ナイフを構えるシアの右手を両手で掴み上げて、ミサキが逃げる時間を稼ぐことに全力を注ぐ。

 しかし相手は三人。視界の端に男がナイフを振り上げるのが見えて、絶望とともに痛みを覚悟する。

 だが、痛みはこなかった。


 キン!!

 金属がぶつかり合う甲高い音とともに、人影がクリンの視界を覆う。



「──ジャックさん!」



 返事の代わりにジャックの安堵の呼吸が聞こえた。すぐ真横に見えるのは、男のナイフを受け止めるジャックの剣。

 それから勢いよく体を押されて、距離を取られる。

 もしかしなくてもジャックがかばってくれたのだとわかって、クリンの胸は熱くなる。緊張が一気に緩んで、うっかり涙まで出そうになった。


 ジャックがシアのナイフを弾き飛ばし、男たち二人を地面に叩き落とすまでに、さほど時間は要さなかった。



「クリン、怪我は」

「な、ない……です」

「まさかサイアスさんの所まで辿り着くとはな。たいした引きの良さだ」

「──え?」


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