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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第三十六話 レジスタンス
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尋問


 男は優勢な立場にいながらも、いまだナイフをそのままにしている。



「よし。いいか、素直に質問に答えろよ。お前ら、あの時計塔で何やってた?」

「……」

「答えろ! こいつがどうなってもいいのか?」

「デートです」

「はぁっ?」

「恥ずかしいので、それ以上は答えられません」



 ミサキはしれっと答えた。男たちは一瞬だけポカンとしたが、当然のことだが簡単に信じてはくれなかった。



「嘘をつけ! だったらさっきの二人はなんなんだ!?」

「一応、私の家族です」

「家族ぅ? じゃあアイツらは家族を置いて逃げたって言うのかよ」

「ええ。もともとあまり仲が良くなかったのですが、あなたたちのせいでさらに溝が深まってしまいました」



 ミサキの表情が読めないため、男たちはその言葉の真偽がつかめず戸惑っているようだ。



「女が言ってることは本当か?」



 男の質問が今度はクリンに向けられたので、素直に頷く。まあ、あの場所がデートスポットと紹介されたのも、あの子がミサキにとって家族であることも、嘘ではない。



「逆に、あなたたちは何故あの時計塔にこだわるんですか?」

「黙れ! 質問を許可した覚えはないぞ」

「立ち入り禁止の札はありませんでしたが、毎回こうやって観光客を脅しているのですか?」

「答える義理はない!」

「あら……こちらは丁寧にあなたたちの要求に応えているのに、あなたたちは返してくださらないのですか」

「うるさい、女のくせに!」

「そちらこそ大人のくせに、ずいぶんな態度ですね」



 だめだ、刺激させるな。口を塞がれた状態のままでなんとか伝わるように声をあげるが、ミサキはクリンの訴えを無視した。男たちが騒ぎ立てれば立てるほど、巡回中の兵士に気づいてもらえる可能性が高くなるのだ。



「私たちはたまたまあそこで景色を堪能していただけです。なのに、何故こんな目に遭わなくてはいけないのですか。私たちに問題があるかは、警備兵へ突き出してくれればハッキリするでしょう。あなたたちにやましいことがなければですが」

「この……!」


 

 男がつかつかと詰め寄って片手を振り上げる。ミサキは殴られることを覚悟して目を閉じたが、その手が振り下ろされることはなかった。



「やめなさいよ、あんたたち」



 その声が聞こえた瞬間、クリンを拘束する男の腕が緊張を帯びたのがわかった。

 声は、クリンたちの背中の方角──つまり来た道のほうから聞こえた。男たちとほぼ同時に振り向けば、声の主はやはり時計塔で接触したあの女性である。



「ほんと、あんたたちってダメね。あたしは『話を聞いてきて』って言ったのよ。どうしてこんな荒っぽいことになってるのかしら」

「で、でもよぅ」



 しどろもどろになってしまった男たちを無視して、女性は拘束されたままのクリンの顔を覗き込む。クリンは抗議の意味を込めて目の前の女性を睨み返した。

 黒髪ショートヘア、意志の強そうな紺色の瞳。中年というほど年増には見えない。

 この人は、やはりレジスタンスの一味なのだろうか。



「生意気な顔ね。名前は?」



 答えろという意味なのか、そこでようやくクリンの口を覆っていた布が外された。



「クリン・ランジェストンと言います。あなたのお名前も聞かせてください」

「ふふっ、強い子は好きよ。私はシアって呼ばれてるわ」

「シアさん。あの時計塔はあなたの所有物なんですか」

「……違うわね」

「じゃあ、あなたたちに僕らを尋問する権利はありませんね」

「ないね」



 シアという女性は男たちと違って静かに微笑んでいる。感情が読めなくて掴みどころがない。

 この人はレジスタンスの中でどれくらいの立ち位置なのだろう。サイアス・アーグリーに話を通せるくらいの力があるだろうか。



「でもね、クリン・ランジェストンくん。権利は与えられるものではなく、掴み取るものなのよ。とくにこの窮屈な国ではね。だから私は尋問する権利を手に入れるために、これからその子をコイツらに強姦させるわ」

「!」

「ほら、もう手に入った。あなたはこれで、従うしかないでしょ」



 クリンはギリッと奥歯を噛んだ。気丈に振舞っていてもミサキがわずかに体をこわばらせたのがわかる。



「……同じ女性なのに、よく平気でそんなこと口に出せますね」

「私には関係ない子だもの」



 シアは本当に悪びれがなさそうだ。そしておそらくただの脅しではなく、こちらの対応しだいでは本気で行動に移すだろう。

 腹の底から怒りが沸いてくる。手段を選ばないところが過激派と呼ばれる所以だとしても、まさかここまで下劣極まりないとは。この者たちがジャックの仲間だなんて信じられるだろうか。



「さて、優劣がハッキリしたところでクリン・ランジェストンくん。答えてくれるわね。キミはあの塔で何を見たの?」

「……」



 何も、ととぼけたところで、納得はしてくれないだろう。彼らはもう自分たちを黒だと決めつけている。

 退路を断たれたならば、踏み込むまでだ。



「窓を」

「……」



 見えた。男たちの表情がハッキリと変わったのが。



「窓の、何を?」

「変な動物です。クマだかウサギだかわからないような下手くそなオブジェでした」

「ネコよ」

「ネコ? それはないでしょう、だとしたら化け猫だ」

「……」

「あれがネコだとわかるってことは、あなたが作ったんですね、シアさん」



 シアから返ってきたのは「ふーん」という、正否のわからない返事。



「それで? あなたはその日、どうしたいの?」

「……」



 いきなり核心をついてきた質問に、クリンは迷う。知らないフリをすれば、おそらくミサキの身に危険が及ぶだろう。

 もう自分があのメッセージを受け取ったことを隠すことはできない。



「……まだ決まってません」

「そう」

「ただ、話はしたほうがいい。お互いのために」

「……」



 シアの目が訝しげに光っている。



「お互いのためっていうのが、気に入らないわね。あなたに私たちの何がわかるの?」

「あなたたちのことはさほど知りませんが、あなたたちが滅びれば悲しむ人を知っています。そして滅びずに済む方法も知っています」

「悲しむ人って?」

「……ギン・ストレイヤ」



 彼らの空気が一変するのがわかった。男たちは勿論のこと、シアまでもがわずかに驚いた顔をしている。

 どう転ぶかは読めないが、手応えは得た。ギンのことを知っているということは、やはり彼らはレジスタンスの人間なのだ。



「あの。話を続ける前に、あなたたちの仲間の手当てをさせてもらえませんか」



 いまだ拘束されているので、視線だけその怪我人の存在を伝える。フィナによって腕を切り裂かれた男は地面にうずくまったまま傷口を布で抑えている。喉を潰されたもう一人の男はすでに事切れているようだが、この男はまだ助かる見込みがある。



「そんな処置じゃ雑菌が入って感染症になりますよ」

「あなた、医者なの?」

「医者の息子です。僕はまだ修行中の身で縫合はできませんが、応急処置はできます」

「ふぅん。じゃあ、やってみて」



 ようやく解放されて、クリンは迷わず男のもとへ駆けつける。すぐにミサキも寄ってきて、手伝ってくれた。

 皮膚は綺麗に切り開かれていたが、血管が切れたわけではないのが不幸中の幸いである。



「これで、とりあえずは大丈夫です。腕は心臓より高い位置に上げておいてください」

「……礼なんて言わねえからな」

「無礼はお互い様でしょう。こちらも謝罪はしません」



 悪態をつきながらも、男から向けられている敵意はずいぶんと薄れていた。別にそれを狙っていたわけではない。クリンにとって、人命救助は何に置いても最優先事項だからだ。



「見事なものね。それで? どんな見返りを要求してくるつもりかな」



 シアと男二人は絶妙な位置で自分たちを取り囲んでいる。逃げることは難しいだろう。

 せめてミサキの安全だけでも確保したくて後ろに隠したら、彼女の肩が小刻みに震えているのがわかって胸が痛んだ。



「別に何も望んではいませんが、できることなら穏やかな会話をしたいですね。お互いの正義にかけて」

「……。正義? 私たちの正義があなたに理解できる?」

「ギンさんがあなたたちと目指したものを知っています。そのときの正義を今のあなたたちがまだ忘れていないのでしたら、きっと理解し合えるでしょう」

「ずいぶん知ったような口を聞くね。あなた、ギンの何?」



 クリンはカバンの中からギンの黒いダガーを取り出した。まさか、こんなに早くこのお守りを使う時がこようとは。



「僕の弟は、ギンさんからこのダガーを受け継ぎました。その時、同時に彼の志も受け取ったんです。弟はこのダガーで、シグルスに現れた生物兵器と戦いました」



 彼らにとって無視できないキーワードに触れてみる。

 さあ、どんな反応を示してくれるだろうか。


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