発見したメッセージ
時計の針が15時50分を指した。
だが、頂上をくまなく探しても手がかりは得られなかった。
「ジャックさんは『明かりが最高』って言ってたんだよな。チェルシア皇女、ガス灯が点灯するのは何時頃ですか?」
「日照時間によって異なりますが、今は冬なので16時頃ですわ」
「16時。もしかして、そのことなのかな……」
縁に立って、時計塔の頂上フロアをぐるりと一周する。
北は貴族街、その奥の北東は皇宮が見え、南は貧民街が広がっている。
「クリンさん、あまりギリギリに立つと危ないですよ」
「うん、でももうちょっと」
「あ、灯りが付き始めましたね」
エリアごとに配置された点消方という専門職の男が、ひとつずつ火を付けていく様子が見られる。しかし、怪しい様子はない。
一人、二人、三人。どのエリアの男たちを見ても、シグルスで見た組織の男とは雰囲気が違って見える。
「関係ないのか……? 火のつける順番? 点火棒の長さ……持ち方……わからないな」
「歩くルートでしょうか」
気持ちがはやって、縁からグッと身を乗り出す。ミサキも同じように眼下に夢中になっていた。
そこへ風が吹き付け、背中を押されたミサキはバランスを崩してしまった。
「!」
「あぶない!」
柵のないフロア。前のめりに倒れそうになったミサキの肩を咄嗟に引き寄せる。反動で、二人揃って床に尻餅をついてしまったが、おかげで事なきを得る。
「人に危ないって言っておいて……! 気をつけなきゃダメじゃないか!」
「ご、ごめんなさ……」
うしろからも、チェルシア皇女の心配そうな声が聞こえる。だが足がすくんでいるのか、中央にある階段の近くからは動けないみたいだ。
妹に「大丈夫よ」と安心させながらも、さすがに恐怖心が勝ったのかミサキはじりじりと後ずさった。
その動きに合わせて、耳元のイヤリングがゆらゆら揺れる。そのたびに夕陽に反射してキラキラと輝きを放っていた。
「明かり……太陽……まさか!」
クリンは一度傾きつつある太陽を見上げて、それからもう一度街並みを見渡す。
「チェルシア皇女、ここから見える範囲で例の侯爵家が管理している施設はありますかっ?」
「え、えっと……」
チェルシア皇女が教えてくれたいくつかの建物に目を凝らす。日陰になっていないところ。夕日に照らされているのは、孤児院、劇場、講堂、アパートメント、遊具のない広場……。どこかに怪しい点はないだろうか。
「! あった。あれだ」
クリンは三階建てアパートメントの一室を指差した。正確には三階の大きな窓である。
「あそこの窓。飾り棚に並べられた小物を見て」
「何かのオブジェでしょうか。あっ!」
ミサキも気がついたようだ。
ワイヤーのような細い線で描かれたクマだかイヌだかわからない動物が数点、その間に並べられたぐしゃぐしゃなオブジェ。そのままならば子どもの工作にしか見えないだろう。
だが斜めから入り込んだ太陽光によってできた影が室内に伸び、床に描かれたそれはハッキリと文字として認識できる。
「影がメッセージになってるんですね」
メッセージといっても数日後の日時ととある場所が記されているだけ。万が一発見する者が現れても、こんなヘタクソなオブジェだ。子どものイタズラだと思って気にも止めないだろう。
この位置からでは、西日が差し込んでいるこの時間でなければ影が浮かび上がらない。ジャックの言う「明かり」とは陽の光のことだったのだ。
「こうやって集合を呼び掛けてるのか。なるほど、アジトが見つからないわけだ」
「……と、言うことは、彼らはメッセージを読むためにここを頻繁に訪れているということですよね。クリンさん、ここにいては危険では?」
「いや……。場所によって読める時刻は変わってくる。長年この地に溶け込んだ連中なら、自分の生活圏内で読める時間帯を把握しているはずだ。あくまで、時計塔からはこの時間帯、この角度からしか読めないってだけで」
「うまい手段ですね。生活を脅かすことなく好きな場所からメッセージを受け取れるのですから」
「ただ……危険を避けるためにフェイクがあるかもしれない。他の施設にも何かないか探してみよう」
「はい」
くまなく探してみたが、やはりメッセージらしきものは見当たらない。やはりこれが本命なのだと直感が告げている。
そうしているうちに陽は傾き、吹き付ける風もますます冷たくなっていく。チェルシア皇女がくしゃみをしたタイミングで、ここを引き上げることにした。
螺旋階段を下りながら、最後尾のミサキから当然の質問が降ってきた。
「クリンさん、指定された日時に行かれるおつもりですか」
「うーん」
いくらなんでも危険だろう。それはわかっていたとしても、このチャンスを無駄にはしたくない。
さて、どうするべきか。その日を交渉日にするのも悪くない。相手の武力を封じこめ接触する手段は……うん、いくつかある。ひとまずは皇帝と相談してみるか……。
長らく思案しながら、階段を下りる。入り口付近で待機していたフィナが頭を下げて出迎えていた。
「ご苦労様、フィナ。変わったことはない?」
「はい、とくに異常は……」
と、彼女が答えた時だった。彼女の後ろにふっと影ができた。
「あら、先客?」
全員が息を飲み、あるいは目を見張り、入り口を凝視する。意味のあるこの場所に人が訪れたとあって、さすがに警戒心を隠すことができなかった。
が、すぐにそれは安堵に変わった。女性だったからだ。
「珍しいね、こんなところに人が来るなんて」
目を丸くしながらこちらに話しかけてくるその女性は、黒髪ショートヘアの痩せ型で、活発そうな印象を抱かせる。服装からするにおそらく平民、年は三十前後だろうか。
「こんにちは。この国に来たばかりなので、街探検をしていたんです」
クリンがそつのない回答を返すと、「へぇ。それはそれは、ようこそジパールへ」と彼女は笑った。その屈託のない微笑みに、クリンは安心どころか好印象すら抱いた。
「じゃあ、僕らはこれで」
ボロが出ないうちに軽く会釈して、その場を立ち去る。彼女も会釈を返してくれたし、とくに引き止められることもなかった。
塔から遠ざかったところで、深い息を吐く。緊張していたのか、呼吸を忘れていたようだ。しかし大きなトラブルにならなくて本当によかった。
ところで、彼女はこの時計塔にどんな用事があったのだろう。そう疑問に思って軽く振り返った時、クリンはぎくりとした。
彼女が入り口に佇み、遠ざかるこちらの背をジッと見つめていたからだ。