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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第三十五話 用意された難題
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ジャックの葛藤






 ──キンッ、ガキン!

 甲高い音が冬の空に響く。もうさすがに聞き飽きたその音の主たちを前に、マリアはため息を吐いた。



「ねえ、まーだ終わらないのー?」



 キン! 「まだ」という返事が音に乗って返ってきた。

 セナとジャックが庭で手合わせを始めてから、かれこれもう3時間近く経つ。休憩といったら水分を摂るだけ、それも合算したところで10分にも満たない。

 始めからあまり気の乗らなかった様子のジャックだが、疲労感すら手伝って辟易しているようだ。だが、手合わせの言い出しっぺであるセナは、まだ満足できないらしい。


 留守番組にやるべきことはなく、気軽に散策できるような場所でもないため、許可をもらって屋外練習場の隅っこを借りた。それから長い間手合わせを続けていたのだが、そのあまりの熱中ぶりに訓練中の兵士たちですら呆れ返るほどだ。

 もちろん、剣戟だけでは飽きてしまうので、マリアに攻撃術を放ってもらって応戦してみたり、素手で組み手をしたりもした。けっきょくは剣の手合わせに戻ってしまったが。

 


「くっそ、やっぱり勝手が違うとやりにくいな」



 セナはジャックの鋭い突きをかわしながら、チッと舌打ちをした。

 愛用のダガーは今、クリンの手元にある。そのため兵士から借りた練習用のショートソードを使っているのだが、重さにもリーチにも違和感があって、どうにも動きにくい。



「そろそろやめにしないか」

「外が気になって集中できないんだろ」

「そういうわけじゃない」



 セナの斬撃を受け止めながら、ジャックの視線は一瞬だけ遠くの空を見る。

 クリンたちが街に出かけた時から、ジャックはずっと心ここにあらずといった状態だった。そのくせ剣さばきは相も変わらず鋭く、一分(いちぶ)の隙もないのだからセナにとっては腹立たしいことこの上ない。



「おまえ、どーしたいわけ」



 セナはジャックがよそ見をした瞬間を狙って剣を真横に払った。まあ、いとも簡単に止められてしまったのだが。

 剣を弾かれて一歩下がったところに反撃が来て、セナは一撃を受け止める。ジャックからの返事はない。



「ほんと、ムカつくよな、おまえ」



 もともと気に入らない男だった。自分が初めて一対一で負けた相手だからだろうか。それとも師であるギンが自分と出会う前から可愛がっていたからだろうか。ある意味では兄弟子のような存在に近いのかもしれないが、絶対に認めたくはない。

 とにかくセナはこの男が嫌いだ。だが、この国に来てからなおさら嫌いになった。


 ジャックはここ最近、常にピリピリしている。まあ、それは理解ができる。愛する妹を処刑した国だ。たとえどんな誤解があったとしても、たとえ策略を練ったのがシグルスだったとしても、実際に手を下したのはこの国なのだ。呪いの言葉のひとつくらい吐いてやりたいと思うだろう。復讐心を抑えていられるだけでも大した精神力なのかもしれない。


 だから、クリンがレジスタンスを解散させると言った時、ジャックはクリンに手を貸そうとはしなかった。帝国の利になるようなことを認めたくはなかった。それだけならばまだいい、セナにもまだ理解ができる。

 だがクリンが静観を頼んだ時、この男は確かに安堵したのだ。セナはそれを見逃さなかった。



「昔の仲間がそんなに心配なら、さっさとここから出ていけばいいだろ」



 ジャックの剣を弾き返して、セナはお返しとばかりに突きを繰り出す。ダガーの軽さとは違ってその重たい剣ではスピードが乗らず、難なくかわされてしまった。

 だが、反撃は来なかった。違う、と言い切ることも居直ることもできず、ジャックは虚空を見つめている。


 クリンと、昔の仲間。天秤にかけた結果、ジャックが選んだのは後者だった。それならば昔の仲間へ危機を知らせに行けばいいものを、そのくせクリンを裏切る勇気もなく、言われるがまま傍観しているだけ。なんと卑怯で、狡猾で、情けない男か。だから、セナはこの男が嫌いなのだ。



「今のお前を妹が見たら、もういっぺん死にたくなるほどガッカリするんだろーな」

「……!」



 ジャックの目がカッと開かれたと思ったら、次の瞬間にはセナの頬に鋭い痛みが走った。ヒリヒリする熱さとともに、生ぬるい液体が左の頬を通過する。いつの間に切られたのか、セナの目には見えなかった。

 だが敗北感なんて感じるはずもなかった。ようやくこの憎き男にいっぱい食わせることができたからだ。



「弟くんが俺のことを毛嫌いしているのは知っている。だが妹の死を侮辱することだけは許さない」

「妹の死を侮辱してんのは、てめーだろーが」

「なんだと……っ!?」



 斜めに振り下ろされたジャックの剣は、予想よりも重たかった。セナは手のしびれを逃すためにあえて剣を落下させ、後退しながらそれを蹴り上げる。間髪を入れず繰り出される剣戟を持ち前の瞬発力でかわし、宙を舞う剣をキャッチして構え直した。



「お前の妹はきっと天国で言ってるよ。オニーチャン私のこと忘れたの? 私の仇を討ってくれないのって」

「妹はそんなこと言わない!」

「ふーん。じゃあ、こっちだ。オニーチャンよかったね。なんにもしなくていいんだね。でもそれ生きてんだか死んでんだかわかんないねって」

「この……っ」



 次の攻撃はジャックからだった。しかし今ひとつキレがない技にセナからの反撃は容易く、簡単に攻守はひっくり返った。



「オニーチャンって、けっきょく何一つ守れないんだね。騎士が聞いて呆れるね」

「……っ」



 一撃、ニ撃。攻め続けながら絶妙な間合いに入る。ジャックの肩がわずかに揺らいだその隙を狙って、セナは剣を斜め上へ振り上げた。



「死んだヒトにいつまでも囚われていないで、今自分が守りたいものを守んなさいよって!」



 ガキン!!

 小気味いい音を響かせながら、弾き飛ばされたジャックの剣が空に弧を描く。



「以上。兄貴の情けねー姿なんて見たくねえんだよ、弟妹(きょうだい)はよ」



 ジャックの戦意が完全に失ったのと同時に、宙を舞っていた剣が乾いた土に着地する。

 しかしセナには勝利に酔いしれる余裕はなかった。「うぎゃっ」という悲鳴がして振り返ってみれば、ジャックの剣がマリアの足元に突き刺さっていたからだ。



「あんたね! カッコつけるならもっと広いとこでやりなさいよ!」

「げっ、わ、わりぃ……」

「あと2センチこっちだったら足に直撃してるんですけど!?」

「だから悪かったって!」



 夫婦喧嘩を始めてしまった二人を尻目に、ジャックは空を仰いだ。

 セナから投げつけられた言葉の数々がナイフのように自身の胸に突き刺さっている。



「痛いな……」



 だが、何一つ言い返すことができない。

 確かに自分はまだ、何も守れていないのだから。



「弟くん」



 マリアに平謝りしているセナの背へ歩み寄り、こちらを振り向いたタイミングで一発、頬を殴打した。

 突然のグーパンは思ったよりも威力が強く、セナの体はぺしゃりと地面に崩れる。



「非常に不愉快だが、──感謝する」



 それだけ言うと、ジャックは剣を拾って背を向けた。練習場から立ち去るその背中には、もう迷いがないように、セナには見えた。






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