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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第三十五話 用意された難題
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妹と護衛騎士


 しばらくして注文していたものが届いた。

 それぞれの席に紅茶だのケーキだのが置かれ、店員が立ち去ったあとも、彼女たちは膝の上に手を置いたまま。どうやらここでも男性優先という謎のルールが適用されるらしい。

 そのせいか、周囲は男性のみ・女性のみというグループがほとんどである。



「僕、このルール心底くだらないと思います」



 そう言いながらも、クリンは急いでコーヒーを口に含んだ。ルールを無視したところで周囲から白い目で見られるのは彼女たちなのだ。



「最初は男性優位を主張するための意図はなかったのだが」



 ここで初めて会話に加わったのは目の前の女性、フィナだ。知性的な水色の瞳、無造作に後ろで結んでいる青い髪。この髪色はこの国では珍しくないらしい。弟のセナと同じ髪色の彼女に少しの親近感がわいたが、あまり動かない表情はどこか近寄りがたい印象を抱かせる。



「遠い昔から、この国は一夫多妻制だ。女性は我が子を世継ぎにするため蹴落とし合い、毒を盛ることが多々あった。そこで八代前の皇帝陛下が新たな風習を設けたんだ。男性がまず先にすべての料理に口をつけ、残ったものを女性たちに食べさせる。そうすれば、簡単に毒を盛ろうなんて考えられなくなるからな」

「最初は女性を思いやるための風習だったんですね……」



 それがいつしか曲解され、男性優位の価値観が助長されていったのだろう。



「でも……パートナーなんて一人で十分です。そもそもそこが間違ってるのでは」

「それだと世継ぎに困るのではないか」

「どうとでもなるのでは? 娘が継いだっていいし、養子をとったっていい」

「ふ。大層ご立派な考えだな、男にしては」



 フィナは鼻で笑った。所詮は恵まれた立ち位置からのお綺麗事だろうとでも言いたげだ。

 この国で女性騎士として生きるのがどれほど息苦しいことかは想像に容易い。それを示すかのように彼女の態度や言葉には男性への嫌悪感がありありと表れていた。


 クリンはあえて、言葉を飲み込んだ。もちろん自分までひとくくりにされていることに少しの抵抗感はあったが、ここで言い合いになって目立つのは避けたかった。

 そんなクリンのことを、チェルシア皇女がケーキを頬張りながら見つめていた。



 店を出て進んだ先は、貴族街からさらに遠退いた場所にある、貧民街に近いエリアだ。



「見回りをしている兵士の数がぐっと減りましたね」

「ええ」



 だからこそ得られる情報もあるのだと、チェルシア皇女はその笑顔で語っている。彼女はいつも城を抜け出して世論調査をしているのだろうか。



「周辺の地下には水路が流れています。貴族街から出た汚水が、ここを通って貧民街の川へ流れていくんです」

「地下水路……か。管理は国が?」

「いいえ。上級貴族がエリアごとに任されています」

「……使われなくなった水路や、新設予定の水路はありますか?」



 クリンの質問に、チェルシア皇女は理由を問うでもなく答えてくれた。

 それからも、二十年前に栄えていた旧街道の様子、使われていない井戸の数、人の出入りの痕跡が真新しく残っている廃墟の噂……クリンはいくつものフェイクを織り混ぜながらレジスタンスの情報をつかむべく質問を重ねた。


 覗けそうな場所はいくつか見て回ったが、やはり彼らの痕跡は簡単には見つけることができなさそうだ。

 やはり、おびきだすほうがいいのかもしれない。


 キョロキョロと周囲に気を配っていると、近くでチャキッという金属音がした。聞き覚えがある、ジャックがよく剣の柄を握る音だ。

 その音の主はフィナだった。彼女の右手はコートのポケットの中にある。だが一見すると危機が訪れたような様子はなく、彼女にも変わった素振りは見られない。人気(ひとけ)の少ない場所に来たからか、警戒しているのかもしれない。


 しばらくして、通りから一本外れたところにある小さな雑貨屋の前で、ミサキが足を止めた。



「クリンさん。私、ここに入りたいのですが」

「え? ああ、いいよ」

「このイヤリングに合う、新しいネックレスが欲しいんです」



 ほんのわずかに顔を揺らして、ミサキは自身の耳元にあるイヤリングを揺らした。以前クリンが贈ったアクアマリンのイヤリングだ。



「クリンさん、また見立ててもらえます?」

「もちろん……僕でよければ」

「恥ずかしいので、あなたたちはここで待っててもらえるかしら」



 そう言って、ミサキは返事を待たずにクリンの腕をつかみ、店のドアを開けた。チェルシア皇女たちは素直に店の前で待つことにしたようだ。

 雑貨屋はこじんまりとしていた。店には自分たちの他に若い女性客が二名と、レジに立つ老婆だけ。



「……で、どんな魂胆?」

「あら、クリンさん。魂胆だなんてひどいです。私はただ純粋にネックレスを」

「わざわざ二人を置いて?」



 あくまでネックレスを探すそぶりをしながら、彼女が急に二人きりになろうとした理由を小声で問いただしてみる。

 ミサキは思いつきで意味のない行動をするタイプではないし、ネックレスを人前で見立ててもらうことを恥ずかしがるようなウブでもない。



「……実は、戸惑っています。あまり()でモノを語りたくはないのですが」

「根拠はないけど、何か思うところがあるってこと?」

「はい。あの二人に対して少し不信感があるんですよね。とくにフィナという騎士からは、非常に強い警戒心を感じるんです」

「……」



 同意も否定もできなくて、クリンは首を傾げる。はたから見れば、彼女のアクセサリーを真剣に選んでいるように見えるだろう。



「それに妹は図書館で、私が平民街へ行くのは難しいのでは、と言いましたよね。ならば私を留守番させておけばいいのに、その提案がありませんでした。まるで私を連れ出すことを前提に考えているみたいだなと不思議に思ったんです。単なる思い過ごしと言われればそれまでなのですが……利用されているんでしょうか」

「……うーん」



 思わず窓の外に目が向きそうになったが、クリンは我慢して近場の商品を手に取る。雪の結晶をモチーフにしたブルージルコンのネックレスだ。

 たしかにチェルシア皇女は、「双方に利益がある」と言っていたが、いったい彼女たちの利益とはなんなのか。

 ミサキが気になっている以上、このままやり過ごすというのは危険である。



「もう帰る?」

「いえ……。いっそ揺さぶりをかけてやろうかなとも思うんですが、実行してもよろしいですか?」

「揺さぶり?」

「ええ。一ヵ所だけどうしても行きたかった所があるので、かえって好都合かもしれません」

「危険じゃないか?」

「大丈夫です、切り札がありますから」



 ミサキは「まだナイショですが」と続けた。マリアからもらったお守りは、なるべくならば使いたくはない。



「わかった、行きたいところって、どこ?」

「ありがとうございます。実は、ジャックさんオススメのデートスポットなんです」

「……。はい?」



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