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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第三十五話 用意された難題
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有益な情報


 彼らの反政府運動はよりエスカレートしていく。驚いたことに、皇帝までもが二度に渡って狙撃を受けていたようだ。



「……っ」



 ミサキはパッと顔を上げて、目の前の父親を見た。しかし目が合うと何も言葉が出なくて、結局は視線を冊子へと戻してしまった。クリンは思う。「言えばいいのに」と。


 ここで、いくつか有力情報を得た。

 まずひとつは過去に捕縛した者たちのリストだ。この者たちに接触すれば、あわよくば彼らの懐に入り込むことができるかもしれない。


 そしてもうひとつ、彼らの活動拠点はどうやら平民街にあるらしい。しかし彼らもひとつの箇所にのうのうと居続けるほどバカではない。転々とアジトを移しているため現在の正確な位置まではわからないようだ。

 ──明日、下見だけでもできるだろうか……。

 そう心の中で独白しながら、クリンは一番確かめたかった情報がここにないことを知った。



「彼らは……どこで活動資金を得ているんでしょう」



 そう、どんな活動にだって必要なのは『資金』である。とくに彼らは多くの武器を所持しており、しかもシグルスにまで拠点をかまえている。かかる経費は相当なもののはずだ。貴族でもない彼らが一体どこでそんな資金を調達できたのか。



「……」



 いや、貴族ではないなんて、誰が言った?


 もしかしたら組織の中に貴族がいるのかもしれない。または貴族と同等な財力を持つほどの平民以下の支援者が居るとも考えられる。

 正解を求めて皇帝へ視線を送れば、彼はあえて無言を貫き、こちらが解答するのを待っているようだった。

 

 待てよ、とクリンは思案する。

 活動にかかる莫大な費用。それに加えて、皇室の人間を襲えるほどの情報収集力は、平民ではあり得ない。さらに地下牢への侵入経路となると、いくら貴族だとしても城内の様子に精通していないと困難だ。


 つまり支援者は皇宮を出入りできるほどの人間なのだ。


 そこまで辿り着いて、クリンはハッとする。この皇帝がそんな簡単なことに気づかないはずがない。そして彼はこの冊子を、「寒いからここで読め」と促した。移動するくらいならば最初からここに用意しておけばよかったのに、わざわざ地下の書庫に案内してからここへ戻ってきた。

 その意図は……、生物兵器の設計書が地下書庫にあることだけは、知らせたくなかった(・・・・・・・・・)人がいるからだ。


 すべての点と点がつながって、ぞわりと総毛立つ。

 もう、うかつなことは言えなくなったなと自身に釘を刺しながら、この状況をいかに利用するかを考える。



「……だめだ、わかんないや」



 クリンはソファーの背もたれへ勢いよく背中を預けた。



「難しい言葉が多くて翻訳しきれない。ミサキ、母国語で通訳を頼んでもいい?」



 有難いことに、ミサキはとくに表情を変えるでもなく頷いてくれた。これで外国語を話しても怪しまれることはない。

 と言っても、アルバ王国と帝国はどちらも世界共通語を用いている。そこでクリンはグランムーア大陸のリストラル語を使って話し始めた。初めてミサキから手ほどきを受けた思い入れのある言語である。



「ミサキは、帝国貴族の情報はしっかり記憶に残ってるよね」

「ええ、まあ……五年前までの情報でしたら」



 ジャックがサジラータ領の子息であると見抜いたミサキのことだ。自国側の貴族など彼女にとって一般常識のようなものだろう。



「帝国貴族って、リストラル語が堪能な人は多い?」

「……なるほど、そういうことですか。いえ、グランムーア大陸とはあまり国交がありませんので、秘密のお話にはもってこいだと思います」



 彼女もこちらの意図に気がついたようだ。次の言葉にはやや慎重さが見えた。



あたり(・・・)はついているんですか?」

「微妙なところ。アパルさんと、ドアの左側に立ってる護衛は違うと思う」

「なぜですか?」

「地下牢の脱獄事件で現場に居合わせたから。事件が起こることを知っている人間が、あそこに来るとは考えられない。わざわざ疑われる要因なんか作らないだろ」

「なるほど」



 残るはもう一人の護衛と、侍女、それから宰相と補佐官だ。

 


「あぶり出すおつもりですか?」

「いや……。スパイがいることなんて皇帝陛下は気がついているはすだ。あぶり出すつもりなら、もうとっくにしていると思うんだよね」

「そうですね。その気がないのか、証拠をつかむまで泳がせているのか。それとももうすでに特定しているのか」



 うーん、と首を傾げる二人の密談に、入ってくる者が一名。



「機会を待っていた、が正解だな」

「!」



 驚いた。何にと問われれば正解の内容ではなく、皇帝の口から発せられる流暢なリストラル語にだ。そしてこの会話に便乗してきたということは、クリンの予想が正しかったのだと理解できる。

 やはりいるのだ、レジスタンスを支援する裏切り者が、この部屋に。



「機会を待っていた……ですか?」

「裏切り者を捕まえたところで、とかげの尻尾切りに遭うだけだ。根本を叩かねば意味はない」

「根本……」

「どちらにせよ、ソレは近々行われるはずだった。そなたに手柄をくれてやることになったがな」

「……レジスタンスの、一掃……」



 なるほど。帝国はすでにレジスタンスを壊滅させる準備があったようだ。と言っても、今回のように話し合いで解散なんて生易しいものではなく、武力による鎮圧になるのだろう。

 ではなぜ、今の今までそれをしなかったのだろう?

 今まではできなくて、今ならばできる。その違いは……。

 


「生物兵器の設計書が手に入るまで待っていたんですね?」



 何度も言うが、レジスタンスの活動動機は生物兵器の開発を阻止することだ。彼らはそのためだけに莫大な資産をかけ、命をも()けてきた。

 帝国のことを、生物兵器に陶酔した邪悪な存在であると信じて疑わず、自分たちこそが正義なのだと考えている。そんな彼らのことだ、帝国がついに生物兵器の設計書を手にしたとわかったら、必ずや動く(・・)だろう。皇帝は、設計書をエサに彼らをおびきよせるつもりだったのだ。



「安心しろ。そなたたちが交渉に失敗するまでは待ってやろう」

「失敗なんかしません」



 皇帝はふ、と笑った。

 さて、とクリンは考える。皇帝がすでにスパイを把握しているのならば、自分は犯人探しをする必要はない。だが、設計書をエサにおびき寄せるというのは、たしかにいい案だ。こちらから出向くよりも安全を確保できるだろう。


 ──あとは、あちらさん(・・・・・)の情報がもう少し欲しいところだな。

 クリンは再び小冊子に視線を落とし、情報を整理し始めた。

 今わかっている情報といえば、組織のおおよその人数と、すでに撤去されたいくつかのアジト。捕縛した者たちの情報と、それからリーダーの名前。



「サイアス・アーグリー、三十三歳……か」



 平民、家族なし。前科なし。居住地は不明。

 最初の要望書からずっと記されている名前のため、おそらく組織の創立者なのだろう。ギンの名前と連なって署名されているものもあった。

 名前だけではどんな人物かは判断できないが、意見書に書かれている文字はわりとバランスが良く、言葉選びもなかなか悪くない。もしかしたら知性的な男なのかもしれない。

 どんな出会いになるのかは想像もできないが、ジャックとギンのことを古くから知っている男だ。率直に、会ってみたいという好奇心が胸をくすぐった。



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